第28話 特別(★)

「ぜぇ……ぜぇ……」


 焼けるような痛みが全身を駆け巡る。主に足と首。

 以前として傷からは血が流れ出し、命の灯火が消えるのを物理的に示していた。


 さらに回復ポーションを煽り、その場しのぎの延命を施す。


「着い……た……」


 ようやく、ようやく計画の最終フェーズだ。


 紆余曲折、艱難辛苦。相棒の裏切りとVS鬼蝕種×3。

 よもや本当に死にかけるとは思わなかったが、流石は俺。ついに『赤嶺カズサ耐久戦』のイベント会場にたどり着いた。


 ああ、神よっ! どうして敬遠な日々を送っている私にこんな苦難をお与えになったのですか! 私めが何をしたと申すのですか!────────つーかマジでどこに行ったんだよ神様シラユキィ!お前に言ってんだぞ!


(いや、この際になって蛇型アルコール消費装置に未練タラタラでどうするんだ)


 自信を持て、神薙シンラ。あとは事の顛末を見守るだけ。何を失敗する要素があろうか。


「えーと、地図は……と」


 赤嶺、鬼蝕種ともに俺を中央にして半径200メートルあたりをうろうろしている。エンカウントするのは将来的にも物理的にもそう遠くない。


 つまり、あとは

 原点回帰だ。


「すぅ……」


 声帯を破かれたのは痛かったが、一回ぐらいなら全力で叫べる。


 息を大きく吸い込み、腹から声を出す準備をして、


「タスケbrrrrrrrrrrrreeeeeeee!!!」


 ダメでした。正確には叫んだせいで俺の命の灯火がスプラッシュしました。

 文字通り血に溺れ、意識が反転しかける。


 例えるなら、カミソリ100%スムージーにガラス片をブレンドして喉に流し込まれた感覚。人が容易に死ねるレベルのショックが喉を焼いた。


(何!? 今の音どこから出した!? )


 すぐさま水と回復ポーションを服用。ありがとう、いい薬です。


「ガハッ……やべぇ。首って想像以上に重要部位だ」


 が、俺の身を削った救難信号は功を奏したようで


「────────かー!」

「お?」

「誰かいるかー!! 返事をしてくれー!!!」


 キタキタキタキタキタァ! 香ばしい匂いのハバネロ生娘が剣しょってやってきましたよぉ!


 満を持して登場。今回の主役の赤嶺カズサ様だ。

 ほぼ無傷で最終階層まで到達したあたり、戦闘技能はゲーム内準拠だった模様。ボロボロで現れたりしないか心配したが、杞憂だった。


 草むらの茂みに隠れ様子を伺う。


「声が出せないなら音を出してくれ! 腕を上げるだけでもいい! 無理をしない態勢で、そのまま!」

「…………」

「ア……アイ・アム……きゃ、きゃん・へるぷゆぅー! せ、セイ・ユあーヴぉいす!」


 ……なんだろう。すっごい罪悪感。

 めちゃくちゃな文法の英語で必死に俺を探して、たとえ藪でも果敢に突っ込んでいく姿がおいたわしい。

 赤嶺の正義感を利用していることは重々承知していたが、いざ目の前で行われると喉に突っかかるものがある。喉はすでに死んでるんだけども。


(すまん、赤嶺。これも世界のためだ)


 しかし、俺にできることと言えば頭を垂れて時が過ぎるのを待つことのみ。

 これは赤嶺が成し遂げなければならない物語で、俺は本当の本当にモブだ。むしろ今までが干渉しすぎたくらいで、これ以上の出番はシナリオの破綻に繋がる。それだけは避けたい。


「誰かーいないかー!」


 だから、これは正しいんだ。


「返事をー!」


 助けたいけど、助けるのは間違いだ。


『$%&’’&%$#!!!』

「ッ!」



 時刻は12時43分24秒。咆哮と共に鳥たちが飛び立ち、木に隠れていた小動物が我先にと逃げ出す。

 この世のものとは思えない苦悶の声は、平穏が切り替わった恐怖を呼び覚ますには十分すぎるほど声量だ。


 少女は森の異変に気付き刀を抜いた。仲間と別れた後悔は────────まぁ、この世界線の赤嶺は仲間がいないので後悔も何もないと思うのだが、とりあえずただならぬ緊張感を纏う。


 切り抜けられるか、自分の身は守れるのか………生き残れるのか。


 未熟な彼女にはわからない。けれど、これだけは断言できた。


 探索とは命のやり取り。自分も獲物で、弱みを見せれば例外なく喰われる。

 たった今、私は戦場に立ったのだ。


 ────────さぁ、戦え。持てる己の全てを賭けよ。

(以上 『ラドクロスバース』ノベライズ版第一巻166ページより抜粋。一部改変)


 *****


 案外、私は孤独に弱いのかもしれない。


 そう思い始めたのは、大体三週間くらい前。神薙んところの精霊にぶん投げられた頃ぐらいからだ。


 あの時の私はとにかく頭が神薙の事でいっぱいだった。

 私達が通う国立箔縄高等学園はダンジョン探索者の育成に力を入れており、腕に覚えのある若者が集まることで有名な学園だ。その中でも神薙は大層な肩書とそれに恥じない実力を持っていて、そしてどこか他の生徒とは違う情調も纏っている。


 特別。そう、生徒会長の従弟という肩書を持ちながら何もかもが未知数な神薙シンラは、アタシにとって特別なものに映った。それこそ、クラスで一番持ち上げられているであろう男、一之宮ハルキ以上に神薙シンラは特別だ。

 常日頃から神童と呼ばれたアタシが言うんだ、間違いない。誰が何と言おうと神薙シンラは他の人とは違う。


 …………だから、な私は同じの神薙と友達になりたかった。

 とにかく、理解者が欲しかった。私の思いの丈を話して、受け入れてくれる存在。それはきっと、私と同じ目線の人間であるに違いない。そう思ったのだ。


 以前、自宅の道場を貸している大学生サークル所属の先輩にこのことを相談すると


『んー、いいんじゃない? 当たって砕けろって言葉があるくらいだし、人生経験だと思ってお嬢も全力でぶつかってみるといいよ。もしもお嬢のぶちかましに耐えることが出来たら、それはとってもいい男だ。逃がさないようにね?』


 なんてことを言ってくれた。よくよく考えてみれば、それはアドバイスだったのか怪しいところだが、先輩の言葉通り当たってみようと決意した。


 アタシが本気を出したところで神薙が死ぬわけないし、これでダメならもっと適した相手を見つければいい。

 いつだってそう。何事も一歩を踏み出した時が肝心。私の高校デビューは行動を起こさなきゃ始まらない。


 …………今思えば恥ずかしい限りだ。思い上がりも甚だしい。


 結果、当たって、砕けた。私が。

 神薙とあいつの精霊の前では、私はそこら辺の凡人と何ら変わらなかった。


 多分、神薙にとって私は取るに足らない存在なんだろう。積極的に声をかけたりして色々アプローチをかけたつもりだが、その努力も『迷惑』という一言で一蹴された。

 しかも、往生際の悪いあがきや酷い捨て台詞も吐いてのこの始末だ。嫉妬や怒りを通り越して「そりゃそうか」と自嘲が出る。


(なんか、寂しいな)


 この時、私は自分が寂しがり屋な性格をしていたことを自覚した。


 まぁ、この失敗は悪いことだらけということもなく、おかげで普通の人の心が理解できて、九坂クラマというそれなりに腹を割った話ができる友達を見つけることもできたが………それは今となってはどうでもいい話。


『こうして、赤嶺カズサはごくごく一般の女子高生になれましたとさ。チャン、チャン』というありきたりなオチで────────いたっ。


 頭に猛烈な痛みを感じる。


「ぐうっ……」


 額が切り裂かれた苦しみで現実に引き戻される。でも、まだふわふわとした感じは消えない。


 待って。あれ? おかしいな。


 さっき私、腕に噛みつかれて剣を落としたのに。

 いま私、右足から血がいっぱい出ててまともに動かせないのに。

 これから私、見たこともない化け物に食べられようとしているのに。


 なんでだろ。


「ゲホッ、うぅ……」


 ────なんで私、神薙のことばかり考えているんだろ。

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