第29話 『憧れ』のあなたに
(おいおいおいおい! 話と違う、聞いていた話と違いますよ運命さん!?)
草葉の陰で、俺は頭を抱えて地面にひれ伏す。
作戦は完璧だったはず。というか、このイベントは俺の作戦と全く関わりが無いので完璧じゃないとおかしいはず。
なのに、何故! 何故赤嶺が蹂躙されている!一体何があった!
『#$%&’(’&%$!!!』
「ぐうっ……!」
赤嶺が鬼蝕種の攻撃を赤嶺がかろうじて受け流し、返しの刃で反撃する。
しかし、肉がえぐれた腕でカウンターを成立させるには速度が足らず、鬼蝕種の硬質赫をわずかに傷つくだけに終わった。
決して赤嶺のレベルが足りていないわけじゃない、剣術の技量も五分間を耐えるには十分なはず。
なのにどうしてこうなる。
「っ──────!」
赤嶺が繰り出した一閃が空を切り、あまりに大きすぎる隙が生まれた。
それを逃す程、鬼蝕種は甘くない。
『”#$%&’!!』
「あ……」
鬼蝕種の突進をまともに食らってしまい、大きく後ろに吹き飛ばされる。
「ガハ……ッ……」
赤嶺は俺のすぐ側の木にたたきつけられ、赤嶺はおぞましい量の血を吐きだした。
意識が朦朧としているのか、赤嶺は刀を杖代わりにして立ち上がろうとするも崩れ落ちる。
気力だけじゃどうにもならない境地に入った。
今、この瞬間に鬼蝕種は赤嶺を喰らおうと鋭利な歯をちらつかせてジリジリと詰め寄っていく。
『%$&’!&%#”&$!!』
(やめろ……やめてくれ)
『$%&”!&(#%%’()”!!?)』
鬼蝕種には俺の声が届かない。
当然だ、俺は今、草むらの陰に隠れているモブキャラでしかないんだから。
どれだけ俺が悲痛な痛みを抱こうと、それはラドクロスバースのシナリオには関係のない事。モブキャラはモブキャラらしく、物語を紡ぐ人間の手のひらで踊らなければいけない。
神薙シンラに出番がないのは、俺が一番よく知っている。
だからこそ、俺は蹂躙される赤嶺を見てもぐっとこらえなければならないのだ。
歯を食いしばって、涙をこらえて。
「あぁ……辛いなぁ……」
(ああ、辛いよな。俺もお前も)
誰のせいでもないのに、誰にも責められず苦しい思いをする。その点に関しては赤嶺も俺も同じだ。
誰が悪いわけでもない。ただ、巡り合わせが悪かった。それだけのこと。
納得なんてできるわけがない理不尽で、どうしようもない運命で。
俺達は、与えられた配役をただこなすしかないんだ。
「……なぁ、神薙」
(…………?)
こふっと軽く咳き込んだ赤嶺が、ぼんやりとした目で俺を見抜いた────────いや、おそらく俺に気づいているわけじゃない。死を悟り、ただ漠然と虚空を見つめているだけだ。瞳孔が開いていて焦点があっていない。
しかし偶然であっても、その視線は確かにこちらを射貫いている。
赤嶺は俺に話しかけているわけじゃないとは分かっているのに、つい話を聞いてしまう。
「変なこと言うかもしれないけど、私はもっとお前と話してみたかったよ。でも、もうダメみたいだ。私は多分ここで死ぬんだなって。分かるんだよ、漠然と」
それは今まさに赤嶺は死にかけているからだろうか。
死に際特有の勘というやつか。それとももっと別のなにかか。
とにかく、その言葉に俺は耳を傾けざるおえなかった。
「迷惑なのは薄々感じていたんだ。お前の神霊に比べて、私は愛想も器量も無いからな。目障りで邪魔な存在だと思われて当然だ」
……そんなわけあるか。迷惑なんてとんでもない。
だって、お前は俺が好きなゲームの中のキャラなんだ。本当は死ぬほど話したい。神薙シンラじゃなければ普通に接したい。
俺だって、好きで避けてるわけじゃないんだよ。
「……でもな、神薙。それでも、私は神薙のことを気に入ってたんだ。不器用なアタシに馬鹿正直に接してくれてさ…………普通『うざい』とか文句垂れるだろ。無視して、二度と近寄らないようにするだろ」
(なっ…………)
「ほんと、もったいない。私にはもったいないくらい、やさしい」
(……や、やめろ)
そんな顔で笑うな。俺を優しいと勝手に決めつけるな。
俺はただ自分が生きられればそれでいいだけの利己的な人間だ。
俺にとって、お前は生きるために必要な要素に過ぎなくて、だから今こうして助けもせずにただ眺めている。
なのに……なのに、そんな顔をするな。「やさしい」だなんて口にするな。
そんな綺麗な目を向けるな。染みる言葉をかけるな。
俺はモブキャラでお前はメインヒロインだろうが! この物語の主人公はお前で、俺はお前の引き立て役にもならない名前だけの存在だ!
お前に関わるつもりもないし、どうでもいいんだ……どうだっていいんだ…………俺のことなんて、俺がいなくたってお前は───!!
「だから、神薙。一度でいいから私は──」
『$'%”!&’()=』
(やめろ、やめてくれ。その先はもう──)
心がズキズキと痛む。喉に生々しい傷があるにもかかわらず、体が吐き気を訴える。感情と体が剥離してしまえば、どれだけ楽だったろうに。つい、そう訴えてしまう。
…………でも、赤嶺の言葉を聞き続けた。最後まで歩み寄ろうとしてしまった。
何を期待しているんだ、
「心からお前に、友達と呼ばれたかったなぁ」
(──────────)
どんな気持ちを抱いたのかは知れない。
ただ、気づけば俺はツムカリを握りしめていた。
言葉にできない衝動に揺さぶられ、愚か者は立ち上がる。
「勝手なこと言ってんじゃねぇよ、
俺は馬鹿じゃない。けど、どうしようもなくお人好しなんだと思う。
モブキャラに徹しなければならないと思っていたはずなのに、人が蹂躙されているのを見て見ぬふりできないくらいお節介な奴だ。
だがそれは悪くないと思う自分もいて……ああもう! 自分が二人いるようで面倒くさいったらありゃしない!考えるのも億劫だ!
でも、この怒りをどこにぶつけるべきかって話なら答えは簡単!
『#$%&’!!?』
「俺の作戦を全部台無しにしてくれたお前だよなァアアア!!」
ツムカリから波濤が噴き出し、鬼蝕種の一匹を飲み込んで木に叩きつける。
鬼蝕種はもがき苦しむように暴れ、木をなぎ倒しながら吹き飛んでいった。
「かん……なぎ……?」
赤嶺は血反吐を吐きながらも、俺の存在に気づいたようだ。
その眼には驚きと困惑の色があった。まぁそれもそうか。本来は主人公がかっこよく登場してくるはずが、モブキャラの俺がしゃしゃり出てきたんだ。役不足過ぎて驚くのも無理はない。
しかし、やってしまったものはしょうがない。怒りのままに行動するのみ。
主人公が来るのが筋だ? 知らん! そんなの待ってられるか!!ヒロインのピンチに助けに来ない奴なんて主役失格だ!!!
「けが人はそこで安静にしとけ! お前にはまだ最後の大仕事が待ってるからな!」
「ひゃ、ひゃい!」
勢いで赤嶺を黙らせ、ツムカリを構える。
『‼”#$%&%$#”!』
「退け。俺は今猛烈に機嫌が悪いんだ」
視線が合う。けれど、不思議と恐怖は湧かなかった。
今、俺の後ろで怯えている少女は俺が守るべき相手だ。モブキャラだろうが何だろうが関係ない。
俺は赤嶺を守るためにここにいるんだ。
『#”’&%$!!!!』
「喰らえッ!!」
波濤を発射すると同時に、赤嶺を抱えて反対方向に飛びのく。
巻き起こった高波は鬼蝕種を飲み込み、衝撃が木々に伝わって木の葉が舞い散った。
まだだ、まだ足りない。
もっと派手に、もっと苛烈に。鬼蝕種のいる場所にもう一発、波濤を打ち込む。
「ッ!」
『!!#”!&$%!”#’&”!?!?』
火に油を注ぐがごとく、続けざまにツムカリで攻撃を繰り返す。
木々がなぎ倒され、地面がえぐれていく。
荒れ狂う波濤は止まることを知らず、鬼蝕種を森の中へ追い込んでいく。
「お、おい神薙!いくら何でも出鱈目だ!! ちゃんと敵を狙え」
「ああ!? 水しぶきで聞こえねぇな!」
「だーかーらー────────!」
うるせぇな! わざとやってるに決まってんだろ!
そもそも、このイベントの終幕は主人公組が赤嶺を見つけるまでだ。逆説的にいえば、主人公達が赤嶺を見つけなければこのイベントは終わらない────────終わってはいけない。
俺が赤嶺を助けるのは、あくまでそこまでの話。
俺はモブキャラなんだから、傍観者らしくお膳立てをしておかないとなぁ?
「『フレイマ』!!」
火球が鬼蝕種に着弾する。
ダメージはさほど通ってはいないが、俺にとっては喉から手が出る程欲しかった攻撃だ。
……おせぇよ、ヒーロー。
「二人共、怪我はないか!」
黒刀をもつ青年と、それに追従する二人の美少女を見て、俺はほっと安堵の息を吐く。
彼らは紛れもなく主人公組であり、この世界の中心にいる者達。
一之宮ハルキとその仲間たちが到着し、このイベントは終幕を迎えた。
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