第23話 作戦開始
約束の九時になり、ダンジョン探索の授業が開始された。
集団で挑む者、個人で挑む腕自慢、先に入って言った同級生の様子を見てタイミングを見定める慎重家。
それぞれの性格にあわせて、多くの生徒がダンジョンの中に突入していく。
よくもまぁ自分から進んで死地に飛び込んでいくものだ。戦時中の日本兵かよ。
さて、そんな目まぐるしく人が動いている状況だ。俺達もさっそく行動することにしよう。
「シラユキ、ダンジョンマップの改造は済んだか」
「とっくに終わっておる。単純な造りで助かった」
シラユキが着物の裾から配布されたダンジョンの地図を取り出し、俺に手渡す。
事前に学校から配布されていた地図には特殊な魔法がかけられており、自分の歩いたエリアに応じて地形がマップにされていく仕組みとなっている。仕様としてはゲーム内と全く同じだ。
そこで俺達はその魔法式を逆手にとって、主人公と赤嶺の位置が表示されるマップを作った。
奴らがどれだけ好き勝手動こうが全て筒抜け、シラユキの呪法さまさまである。
早速地図を開いてダンジョン内の様子を確認。
「今はまだどちらも一階層だな。爆速攻略勢じゃないだけ助かるぜ」
どうやら二人とも地図埋めと宝箱あさりに夢中になっているようだ。
この速度ならボス階層までに先回りできる範囲。ぜひともゆっくり攻略していただきたい。
ダンジョン内を駆けまわるイメトレをしながら、入念な準備運動を行う。
体力的に、20分もあれば最下層につく。そのあとは鬼蝕種モンスターをおびき出してプーさんが第二階層に出ないよう牽制して…………ともかく、頑張るだけ。
失敗なんてするものか。
(3,2,1────────Good lack)
心の中でおまじないをかけ、俺はダンジョンの入り口に飛び込んだ。
*****
鬱蒼と生い茂る木々の合間を縫って、時にはしゃがみ、時に木の幹を飛んで避けながら走り続ける。
トレーニングを続けていただけあって羽の様に軽い。今朝、俺は自己暗示の時に人力TASという言葉を使ったが、その表現に見合うレベルで体が稼働していた。
隣で浮遊しながらついてきているシラユキが地図を見ながら指をさす。
「そこの大きなカエデの木を右。途中大きな猪がいるが、飛び越えろ」
「あいよっ!」
シラユキに言われた通りに動き進んでいく。
流石は神霊。ナビゲート・索敵・主人公達の動向の報告までこなしてくれる。一家に一台は欲しいくらいだ。
そんな感じで順調に攻略していき、俺達はなんとか赤嶺と主人公より前に最下層へとたどり着くことができた。
タイムは20分18秒。バグ無しのTAだったら世界ランク8位の好タイムだ。
しかし、最下層にたどり着いた時点で満足していいのなら20分走り続けるほど頑張れてはいない。ようやくスタートラインに立っただけの話、ここからが本番だ。
まずはプーさんの捜索。どうにかして最終階層からでないように押しとどめないくてはならない。
…………そこで、だ。
「てれててってれー、ロイヤルハチミツ~♪」
プーさんの大好物、ロイヤルハチミツ(100gあたり3500円)を使う。
プーさんはハチミツに目がなく、戦闘で非怒り時にロイヤルハチミツを使うと1ターンの隙をさらしてくれるくらいだ。それを利用してプーさんの行動を制限し、主人公達が最終階層に来るまでの時間稼ぎと位置調整を行う。
「本当にハチミツだけで大丈夫なのか? 獣畜生とはいえ迷宮を統べる主だ、そうそう引っかかるとは思わんが」
「甘いな、シラユキ。プーさんは迷宮内に敵がいないからこそ隙を晒せるんだ。敵と認識されたらダメだが、刺激しなければ誘導できるはず」
「そういうものか……?」
そういうものなんだよ。知らんけど。
シラユキが首をかしげる中、俺はハチミツの瓶を手に持つ。
「時間も惜しいから即行動だ。大きな魔力反応はないか?」
「ふむ、南南西にひと際大きな魔力反応があるな。この迷宮の中では、の話だが」
「南南西か、よし!」
南南西は俺が記憶しているプーさんの縄張りにも該当する。多分間違いない。
シラユキに言われた通り、南南西へと向かう。
すると────
「おっ」
遠くの草むらが揺れたので姿勢を低くして息を潜める。
小山のような筋肉の鎧に、丸太のような腕。名前の由来でもある三日月状の爪が木漏れ日にきらめいている。
いた、賢月熊ミヒャルドだ。
今はエサを探して縄張り内をさまよっているようで、あたりをキョロキョロと見回している。
「ほう、見事な熊だな。いい毛並みをしている」
「狩るなよ、あいつもシナリオに必要な演者なんだ」
音をたてないようそろりそろりと距離を詰め、10メートル手前程近づいたあたりでハチミツの瓶を開ける。
「!」
「は、はぁーいプーさん。怖くなーい、怖くなーい」
うっわ、こっわ。匂いで気づくだろうとは覚悟していたが、いざ視線を向けられると体が強張ってしまう。
やっぱりゲームとリアルじゃ緊張感が違うな。シラユキの前じゃなかったら絶対にちびってる自信がある。
にじみ出る冷や汗を感じつつ、そこら辺にあった棒を手に取り、先にハチミツを縫って突き出す。
「グオッ?」
「おらっ、大好物のハチミツだ。ありがたく食いやがれ」
ミヒャルドが鼻を引くつかせて匂いを嗅ぐ。
そして────────ペロッ。
「……グオッ」
「舐めた! ねぇ舐めたよシラユキ! 俺、動物使いの才能があるかも知れない!」
「わかった、わかったからはしゃぐな。ガキか貴様は」
う……む。そうだな。プーさんと心を通わせた気がしてついテンションが上がってしまった。自重せねば。
気を取り直し、ハチミツを程よく与えながらミヒャルドを誘導する。
なんだ、意外とチョロい熊さんじゃないか。この調子なら後の三つも楽にこなせるかも、なんて思ったりして────────
「っ! 伏せろ!」
「えっ?」
突然シラユキから頭を押さえられる。
すると、次の瞬間
『#$%&%$#”!!!』
得体のしれない声が森の中から響き、俺の上に影が落とされた。
影の主は俺をたやすく飛び越えると、ミヒャルドの背中に牙を突き立てる。
「グオァアアア!!」
「プーさん!?」
「チィッ、化生堕ち風情が邪魔をするッ!」
すぐさまシラユキが背中に張り付いていたナニカを蹴り飛ばし、木に叩きつける。
なんだ一体────────まさかっ!
「シンラ、あれが貴様の言っていた『鬼蝕種』とやらか」
血走った目に黒く染まった体毛、そして皮膚を突き破って生える硬質赫。
通常種は狼に似た姿をしているが、目の前の個体はその面影を残すのみ。より凶悪な姿へと変貌してしまっている。
これを鬼と形容せずしてなんと表そうか。
『#$%&’&%$!!!』
見る者に戦慄を覚えさせる異形が、明確な殺意を俺達に向けていた。
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