第22話 それぞれの思うところ(★)

 場所は『木漏れ日山』の入り口前。

 皮肉めいたことに太陽が地面を照り付けており、絶好の探索日和だ。思わず憂鬱になってしまう。


(そんなに世界が終わるのが楽しみか、運命め)


 学校から事前に支給された探索の手引きを読むふりをしながら、俺は日輪を睨みつける。


 これからの事を思うと教師が語っている注意事項なんて聞く気になれない。午後4時までには帰ってくるようにって、暢気なこと言ってんじゃねーよバーカ。修学旅行の班行動じゃねぇんだから。


「なぁ、シンラ。この長ったらしい話はいつ終わる」

「知らん。みんなそう思ってる」


 そんな俺の隣では、機嫌を悪くしたシラユキが顔を手で仰いでいた。


 今回の作戦を遂行するにあたって方針を変えたことが一つある。それはシラユキの扱いだ。

 以前まで、俺はシラユキの存在をできる限り秘匿する方向で行動していた。

 目立ってしまえば常に注目されてしまう、すなわち隠密行動をしにくくなると考えたからだ。


 しかし赤嶺の一件から分かる通り、主人公達からはシラユキの存在がバレてしまっていた。


 シラユキの存在に疑問を抱かれるだけならまだいい。その気になればいくらでも言い訳ができる。

 最悪だったのはこのままだと変な推察をされて噂をたてられる可能性があったことだ。噂がたてば主人公だけではなく学校中に広がり注目の的になってしまう。

 運命に抗うことを考えると、悪い意味で学校中に名前が知られることだけは是非とも避けたい。


 なので、俺とシラユキは話し合い『精霊使いと精霊』の関係を表向きの間柄として公表することにした。どうせバレてるんだから、今のうちに虚偽の申告をして探られないようにしよう、という魂胆だ。


 まぁ、この諸刃の策は半分成功して、半分失敗した。

 成功したの点はシラユキが表舞台で堂々と行動できるようになったことだ。多少目立つようになったものの、それも日がたてば薄れるというもの。思ったよりも注目を浴びずに済んだ。


 そして失敗した点は、シラユキの美貌と性格の悪さのせいで俺が一部の同級生から白い目で見られるようになってしまったことだ。

 シラユキと一緒にいる姿は傍から見れば、俺が自分の精霊をひけらかす性悪精霊使いに見える。その上シラユキは基本的に人に対して見下した態度をとるので、俺達へ向けられる印象は最悪。瞬く間に周囲から孤立してしまった。


 そんな紆余曲折災難があり、今に至る。以上、近況報告完了。


「正直、クラスから事実上の村八分をくらったのが痛いな。いつから俺は追放系主人公になったんだよ」

「非凡な者というのはいつの世もそういうものだ。力が常にもてはやされるかといえばそうではない。嫉妬の情が湧く身の程知らずもいるものよ、気にするな」

「気にするよ、だって俺凡人だもん」


 俺の評価の九割はシラユキのおかげであって、俺自身は一般人に毛が生えた程度の力しか持っていない。戦闘力と知力は主人公未満、人望は比べるのもおこがましいほどの隔たりがある。

 ……なんか、一周まわって非凡な気がしてきたな。悪い意味で。


 余計な思考に至り、少々ナイーブになる。


「あーあ、シナリオ終わらねぇかなー」


 一章が終われば一息つける。

 次の月、つまり五月は比較的ほのぼの章でヒロインとの好感度を上げたりステータス調整したりサブシナリオを消化したりための時間だ。シナリオ本編の進行にはほぼ関係ないので俺が気をもむ必要もない。


 だから、なおさら一章が大事なのだ。一章が円滑に進まなければ五月の平穏に亀裂が入る可能性がある。


 ……頑張らないと、な。全ては俺が生き残るために。


「迷惑な役回りだぜ」


 両頬をパンッと叩き、俺は来る時を粛々と待った。


 *****


 面倒な役回り。まことに言いえて妙だ。

 隣で呻く親友を見ながら、妾は心の底からそう思った。


 力を持つ者というのはそれだけで身の振り方が制限されるものだ。

 妾達の場合は神としての権能、幸にも災いにもなる力は時に身を滅ぼす────────というか、妾も愚弟も何度かそれで身を滅ぼした。(愚弟が世界を滅ぼそうとする理由も力を持つ者が故のなのだろう。あやつは優しいからな。人間に入れ込んでおった反動が暴力として表にあふれ出た、という感じだ)


 そして、シンラもまた妾達と同じ強大な力、もとい『記憶』を持っておる。

 未来視とは違う、下手すれば神の権能をも凌駕しうるその爆弾は、シンラにはあまりにも過ぎる力だ。

 大体、ほぼ単身で運命を変えるなんて真似ができる時点で世界の理から外れておる。その上本人は無自覚にソレを振り回し、妾を含めた周囲の運命も婉曲させるときた。

 本当にどうしようもない。始めて記憶を打ち明けたのが妾でなかったら、今頃シンラは力に溺れて身を滅ぼしていたはずだ。


 以前、妾はシンラに運命の収束作用について話した。

 運命には綴られた物語のようなものであり、将来何が起こるかがあらかじめ決まっている。そして決められた運命に違った行動をとると本来の運命に戻るよう修正力が働く。

 ………という簡単な説明をしたのだが、この話は半分間違いだ。


 確かに収束作用自体は存在する。が、その実態は『修正』ではなく『粛正』。

 運命には個人を識別することができない。故に全てを無に帰し、もう一度全てをやり直す。この世界を不出来なものとして打ち切り、異分子を消した世界を新たに繰り返すのだ。


 今は運命に干渉できる妾が側におるからで許されておるだけで、縁が途切れればすぐに世界は途切れてシンラのいない、シンラと限りなく似た人間が代わりをつとめている世界がまた紡がれる。

 ある意味、シンラが記憶を取り戻してすぐに妾に会いに来たのは意図しない最適解だったと言えよう。自覚無しに危ない綱渡りをするのは妾と会う前でも変わらない性だったというべきか。


 なので面倒で当たり前。むしろその面倒の一部を肩代わりしてやってる妾に感謝して欲しいところだ。


 …………まぁ、先行投資と思っておけば悪くない。せいぜい行く末を特等席となりで楽しませてもらうとしよう。


(高次的な問題は妾が受け持ってやるから足掻いて見せろ、人の子よ)


そんなことを思いつつ、妾はシンラの纏う強い死相に思いをはせるのであった。

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