第39話 ジェラシィ・エンプティ・ギルティ

「んで、だ。九坂は幼馴染君にどう思って欲しい。それが分からなきゃ対策が打てん」


 なんやかんやあって、時刻はすでに午後二時。まわりはティータイムの時間、そして神薙恋愛教室を開講して1時間ちょっとたったぐらい。

 俺が話を促すと、九坂はストローを咥えてアイスコーヒーを沸騰させる。


「べつに……私を見て欲しいだけ……」

「それだけなら別に今のままでいいんだよ。一之宮の視線シェア最大手は確実に九坂クラマだ。歴、親交度、全てにおいてお前を越える奴は存在しない。だろ?」

「そうだけど……」

「だが、お前はそれで満足していない。私だけを見て欲しい、私だけを愛して欲しい、私の事だけを考えて欲しい────まぁ、率直に言えば独占欲だな。お前は謙虚に振る舞っているつもりだろうが、中身は誰よりも強欲なんだよ。体面を取り繕っているだけで」

「…………」


 話すたびに沈黙の割合が増えていく。自覚はあるらしい。


 嫉妬や悪感情は一ノ宮ハルキにとっては無縁の存在だ。ましてや劣情なんて、彼はそういう概念があることすらも知らないだろう。病的なまでに潔癖で、絶対正義たる一ノ宮ハルキはそういう人間だ。

 だから、九坂クラマは強気になれない。どうせ無駄だとわかっているから、つい諦観を決め込んでしまう。

 そして、そんな自分が嫌。


 恋い焦がれ、重石抱えて、自己嫌悪。灰に消えじか、我が浅ましさ。………かーっ、甘酸っぺぇ乙女心だこって! 見てるこっちがじれったいからよくっ付けバカヤロォ!


「あんのねぇ、この手の問題は黙っててどうこうなる問題じゃないの。行動に起こさなかったら負けヒロイン直行だよ?そこんとこおわかりで?」

「!!!」

「心当たりあるだろ? ……つーか、決断を嫌う主義なお前が自分から行動に出るなんて何かあったとしか思えないんだよ。なに? そーゆー事案でも起こったの?」


 もはや確信しているけれど、彼女の体裁を慮って聞こう。

 どうしたの?


「…………今週末、ハルキと篠山さんが一緒にショッピングモールに行くんだって。二人で」

「ほぉ。それで?」

「どうしたらいい」

「どうしたらいいって言われても、ねぇ」


 それは正解のない問題だ。他人のデートをどうこうするなんて健全ではない。

 そも、九坂の心のもやもやは自分に起因するもの。篠山のデートを妨害したところで、また篠山を応援したところで、九坂の憂いは晴れることはない。


 であるのならば、解決する手立てはただ一つだ。


「とどのつまり、羨ましいんだろ。篠山が」

「……」

「んなら話は簡単だ。お前も誘えばいい。それがフェアでトントンだ」


 平等。これに尽きる。

 篠山も行って、九坂も行く。これ以上の禍根を残さない落としどころがあるだろうか。


 強いての難点と言えば一之宮ハルキが短期間に二回もショッピングモールにいくはめになることぐらい……だがまぁ、あいつは良くも悪くも主人公属性。女の誘いに対して苦い顔はしないはずだ。


「で、でもハルキに悪いし……」

「男も惚れるレベルの伊達男が幼馴染の頼みを断ると思うか? どうせ『買い物したい』『わかった』の二つ返事だ。主語もいらない、レジの受け答えよりも簡単だ」

「それはそうかもしれないけれど……」


 後ろめたいのか、煮え切らない様子でストローを回す九坂。

 何がそんなに気にくわないのか。他のヒロインに比べて嫉妬深いとはいえ、体裁に文句を言うほど繊細でもないだろうに。


「………らない」

「なんて?」

「ハルキとの買い物の仕方が………わからない。いざ誘うとなると……」

「はぁ?小さい時に二人で駄菓子屋に行ったりしなかったのか?幼馴染みなのに?」

「違う、そうじゃない」

「じゃあ、どうなんだ」

「買い物自体を目的としてハルキを誘ったことがない。ハルキを誘う時は大抵買うものを決めて行ってたから……その……」

「ん────あーはいはい。つまり、楽しみとしての『ショッピング』をしたことがないと。そう言いたいわけか」

「……うん」


 うん、把握把握。問題がわかった。


 九坂にとって、買い物は必要なものを手に入れるための手段でしかなく、買い物自体に価値を見出せないのだ。

 だから、一之宮ハルキとの買い物を楽しめるかどうかわからない。今まで興味がなかったことを楽しめるかどうか、と不安になっているわけだ。


 ゲーム内での九坂ルートも、彼女に提示するデートスポットの選択肢にショッピングモールは含まれていなかったし、合理性を好む九坂にとって目的もなく放浪するショッピングはいささかやりにくいはず。これでは本当の意味で篠山とフェアになったとは言えない。


「そうだなぁ……一之宮ハルキの事だし、お前が楽しめないデートはアイツにとっても楽しくないだろ」

「…………」

「どうすっかなぁ」


 腕を組んで空を仰ぎ見る。

 お膳立ては簡単だが、その後が九坂にとって難易度が高い。空回りして、双方嫌な気持ちを抱えたまま……なんて最悪のデートを演出しかねない。

 それは九坂にとっても、一之宮ハルキにとっても最悪の結末だ。


 ならば


(まぁ、うん……一応、手っ取り早く解決できるプランがあるにはあるんだよな)


 しかし、それは諸刃の剣。カンニングみたいな予行演習みたいな、世間一般的には推奨されない手段だ。

 だが、九坂のデートを成功させるにはこの手段がもっとも手っ取り早くて、最も安心できる。


「なぁ、九坂。これは提案というか、あくまで全然断ってもいい個人的なお願いだ。もしよかったらなんだが────」

「……?」


 だからこそ、このタイミングで言った。俺なりに一之宮ハルキと九坂クラマの未来を憂いていたからこそ、ここで。


 不安と困惑が渦巻いている彼女を安心させるようにニッと笑顔を返しながら────俺は


「一之宮と篠山のデート、一緒に出歯亀しね?」


 それは恋愛教室にあるまじき、世界一最低な誘い文句だった。

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