第40話 デートパートの裏側で

 出歯亀。それは明治時代の殺人事件に語源を持つ、意外と歴史深い言葉。覗き魔、ストーカーを指したあだ名である他、その行動自体を指す場合もある。


 出歯亀の方法はいたって簡単。カップルのデートや、イチャラブ、あるいはそれよりもっと凄い事を覗き見するだけ。激甘空間を脳裏に焼き付けるもよし、怨嗟を抱えて中指をたてるもよし、微笑ましい光景に妖怪『後方腕組み赤べこ』と化すもよし。とにかく、尾行がバレなければ出歯亀は成功だ。


 糸をほどくように、綿密に。白鳥のように、軽やかに。

 悪びれることなく堂々と、俺達は友情を欺き裏切るのだ。



「………これ、やる必要ある?」


 ああ、あるね。価値がある。


「どうして?」


 愚問だな。当たり前なことをどうして聞く。


「私は、わからない。あなたの言うことが、何もわからない」


 わからない?大いに結構。さもありなん。



 ……だってそうだろ? 同志達。

 俺は。いいや、俺達は知っているはずだ。男女の逢瀬という、あの得体のしれない気持ち悪さを、あの理解のしかねる不可思議を。


 そして同時に、俺たちは知らないはずだ。リア充という違う人種の仮面の奥、人の本性ってやつを。


 …………だから、俺たちは無知を恥じて先に進もう。たとえ無様であろうとも、その先にはきっと納得のできる結果があるはずだ。


「知らないこと知りたいと思うのは、それほど理解しがたいモノなのかい?」



 ────これは世界一下世話なシークレットミッション。その一部始終である。


 ****


 AM9:00。ゴールデンウィーク最終日。

 絶好の行楽日和なのもあってか、町唯一のショッピングモールはいつも以上に人であふれている。

 駐車場には満車の文字、駐輪場は寿司詰め。テーマパークもかくやという賑わいぶり。人間皆考えることは同じ、ということがよく分かる光景と言えよう。


「おまたせ! 待った!?」

「いや、俺も丁度今着いたところだ」


 そんな笑顔溢れた空間の中、ひと際輝く男女が二人。

 方や白いつば付き帽子と黄色のワンピースを着た可憐な少女、もう一方は紺色ジャケットに灰シャツとジーンズを合わせた好青年だ。


 まさに、互いが互いに相応。高いレベルで釣り合った二人だと、この場にいる誰もが思うだろう。


 ……さて、その後方50メートル後方。休憩用ベンチにて、人混みに紛れ両者を監視する黒づくめの不届き者がいた。


「嘘つき、30分前に到着していた癖に」

「ああ、まったくもってその通りだ。お前のキザな対応のせいで俺達が振り回されてること理解しろ朴念仁」


 双眼鏡を使い、一挙手一投足を監視する不審者コンビ。神薙シンラと九坂クラマである。


 俺達は一之宮ハルキを出歯亀するために7時から彼を観察している。

 あんパンと牛乳で朝食を済ませ、盗聴や魔法を駆使して動向を探り、動けば続くようにまた尾行。

 ……美点から汚点まで。見落とすまいと張り付くこと早2時間、ようやくメインディッシュだ。


「いいか九坂。俺達がやってることはあくまで視察だ、そこら辺を履き違えるなよ?」

「分かってる。これは勉強、後学のため」


 そう言いながら、九坂は年季の入った手帳で対象二人の記録を残している。


 そう。この追跡の目的は完璧なデートをさせる事だ。

 先日、九坂はショッピングで歓楽を見いだせないと不満を漏らした。だから今日は、一之宮と篠山の休日を視察し、九坂にショッピングデートというのを一度見てもらおうという算段だ。


 こればかりは、一人で体験できない領域。

 百聞は一見に如かず。九坂には是非とも良質な供給を受けていい勉強をしてもらいたい。


 ……まあ、その尾行に俺が必要なのかどうかというと………うん、そこを知って何になるのかって話だよネ!野暮ったいよなマジデ!


「九坂、そろそろ移動するみたいだ。後をつけるぞ」

「了解」


 一之宮と篠山は自然な流れで移動を開始。

 その後を追う形で俺達も動き出す。


「しかしまぁ、どういう流れでショッピングデートになったのか。大方篠山の趣味なんだろうが」

「でも、ハルキ楽しそう。なぜ?」

「そりゃ、誰かと一緒にいて楽しくないなんてことはないだろ。家族だとか友人だとか、気の知れた人間との時間は格別さ」

「そういうもの?」

「そういうもんだよ」


 まあ、九坂にはわからないか。

 家族との関係があまりうまくいっていないこいつに、この気持ちを理解するのは少々酷かもしれない。


 ……っと、そうこう言っているうちに二人の目的地に着いたようだ。

 一之宮達が足を止めたのは女の子向け雑貨店だ。店内にはファンシーグッズやぬいぐるみが所狭しと並んでおり、いかにも篠山の好きそうな雰囲気を醸し出している。


「なあ九坂、一之宮にとってぬいぐるみとかそういうのはどうなんだ?」

「わからない。けど、ハルキの部屋にはないから興味ないはず」

「だよなぁ……」


 女子はよくわからない。いや、そもそも俺の中の女子基準がマリア、イヨ、シラユキ、カズサの四名だからあまりあてにならないのだけれど……まあそれはいいや。とりあえず今は一之宮達だ。


「俺達も中に入るぞ」

「えっ」

「えっ、じゃない。入らなきゃ会話もロクに聞き取れないだろ」

「そうだけど……」

「なら行くぞ。ほら、早く」


 渋る九坂の背をぐいぐい押して店内へ。

 幸いにも客足が多く、入念な変装も相まってすぐに俺達がバレることはなさそうだ。……もちろん、一之宮達から隠れるように移動すればの話だけど。


「それで、どうする?」

「とりあえずは二人の観察。二人がどのような会話をするのかを見定める」

「了解」


 手近な棚の前に張り付き、その隙間から二人を観察する。

 篠山はぬいぐるみを物色しているようで、その横で一之宮が興味深そうにそれを見ていた。……傍から見ればカップルそのものだな。


「キョーミない。どうしてハルキはここにいる?」

「はいはい、自分が当事者じゃないからって僻まない。興味ないことでも、勉強だと思って観察してろ」

「むぅ」


 不服そうな九坂を適当にあしらい、引き続き観察を続ける。

 篠山は様々なぬいぐるみを手に取りながら一之宮にこれはどう?あれもいいかも、一之宮君はどう思う?と話しかけている。


 対する一之宮はというと……特に興味はないようで、相槌を打つだけだ。

 ただ、顔は……うん。こころなしか笑っている。


「九坂、あの二人どう思う?」

「どうって……ハルキが笑ってる。それだけ」

「確かにな。けど、それは篠山がいるからだろうさ」

「……どういうこと?」

「それがショッピングに目的を求めないってことだ。正直、一之宮も内心ではショッピングなんてどうでもいいと思ってるだろうよ。けど、篠山がああして楽しんでるのを見て、一之宮は一緒に楽しもうとしてるんだ。だってほら、笑顔を見るのって楽しいだろ?」

「────」


 片口を吊り上げて笑う俺に対し、九坂は何も言わずただ二人の観察を続けている。

 今はわからずとも、きっと俺の言葉の意味を理解できるだろう。俺の予想では多分最終章ぐらいになると思うんだが……まぁ、その辺の未来を予想するのは無粋だ。


「お」


 ウサギのぬいぐるみを手に取った篠山が一之宮の手を引いて歩き始めた。どうやら目的の品を見つけたようで、会計を済ませて店外へ出るようだ。長い吟味だったな。


「移動するようだな。……九坂これだけは覚えておけ。誰かに振り回されるのも案外悪くないってな」

「……?」


 不思議そうな顔をする九坂を連れ、二人の後を追いかける。

 さて、次はどこに行くのやら……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る