第41話 ほころび

 PM12:35。ショッピングモール一階の喫茶店。

 ショッピングの前半を終わらせ、仲良くクラブハウスサンドをシェアする一之宮&篠山。

 ポテトを摘まみ、サンドイッチを口に運び、時々指についたケチャップを舐める。何気ない日常の風景でも顔が良ければ映えるものだ。喫茶店の中でも、二人がいる空間だけはまるで見えない壁があるかのように見えた。


 ────一方、俺達は


「ボルケーノプリンアラモードのお客様と、キッズプレートのお客様~」

「はい」「……」


 テーブルに置かれる熱いカラメルのかかった超巨大バケツプリンと、子供用キーホルダーの乗ったお子様ランチ。一之宮達も大概だが、これはこれで異様な光景だ。


 剣呑な視線が九坂から注がれたので、お返しに睨み返す。

 ……あのさぁ。


「俺達、一応尾行中なんが? なぜドデカプリンを頼む、しかも今」

「幼稚な人間には言われたくない。一緒の机に座る身も考えて」


 九坂が俺のプレートを指差しながら眉間に溝を作る。


 尾行中に一之宮達が喫茶店に入ったので俺達は監視兼昼食のために店に入った。

 そしたら、九坂が注文の時に『どうせ頼むならお互いに好きなものを頼もう』と言い出したので了承したら………この始末である。違和感しかない食卓の完成だ。


「いい齢した学生がオモチャのためにお子様ランチ…………。神薙君はもっと大人びた人間だと思ってた」

「うるせぇな、このキーホルダーは最強の装備なんだぞ」


 運気+5のアクセサリーは金策やドロップ厳選に役立つんだよ。ガチ勢から周回勢までみんなが使う呪いの装備だ。舐めんな。


「そう言う九坂も、こんなでっかいプリン頼んで全部食いきれるのか? 見ろこの半径を。お前の顔並みにあるぞ」

「絶対食べきれる……でも心配だから周りのフルーツとクリームは神薙君にあげる」

「残すんなら衝動で頼むんじゃねぇよ……!」


 小柄なくせして不相応なモノ頼みやがって!苺ならいくらでも食えるが、それでも限度ってものがあるぞ!

 いそいそとホイップクリームをとり皿に寄せる九坂を尻目に、俺はハンバーグにフォークを突き刺す。


「一之宮達が席を立つまでに食いきれなかったら、容赦なく切り捨ててくからな」

「……神薙君、追加の取り皿頼んで」

「諦めんな」


 くっ、本当にあとさき考えずに頼みやがったな。一之宮とプリン、どっちの方が大切なんだって話だ。


 九坂はクリームを掬い上げたスプーンを口に運び、「美味しい」と顔をほころばせる。その笑顔は年相応の女の子のもので、普段は感情を表に出さない分、不意打ちで食らわされると言葉に詰まってしまう。


 きっと、主人公だったらこの顔も特等席で独占できるんだろうなぁ。羨ましい限りだ。


「その顔、次は俺じゃなくて一之宮に見せろよ」

「ん? 何か言った?」

「……いいや、何も」


 言ってねぇよ、ひがみなんて。


 九坂が不思議そうに首を傾げるので、俺は残ったハンバーグを口の中に放り込んだ。


 *****


 PM13:14。


 会計を済ませた俺達は、再び一之宮と篠山の監視に戻る。


「「……………」」


 ただし、気分は最悪だ。俺の口の端はひくつき、九坂の目は据わっている。


「だから言ったんだよ、プリンはやめろって」

「……後悔はない。なるべくしてなった結果」

「俺まで巻き込まれたのは納得いかない」


 甘ったるい吐息にえずく。


 あの後、案の定九坂は頼んだプリンを食べきれず、俺は残飯処理を手伝う羽目になったのだ。

 なんかもう……糖という糖が胃の中で乱闘してるように感じる。味覚は死滅し、食道は胸やけでズタズタ。この甘党地獄で精神年齢が小学生まで退行してしまいそう。


「いくぞ、見失わない内に」


 寒気を我慢して目的に没頭。

 二人は……喫茶店を出た後に、ショッピングモール内をふらつくことにしたようだ。

 目につくものを話題にして、笑いあいながら歩いていく。


 …………と


「止まった」

「ああ、止まったな。何かあったか」


 すぐさま死角に隠れて様子をうかがう。


 二人の視線の先にはショッピングモールで開かれているイベントの告知看板。

 どうやら現在、ショッピングモールの一区画で個展が催されているらしい。結構気合が入ったもののようで、個展書き下ろしの絵画や限定品などが展示されているようだ。


「どうする?」

「……少し様子見だ」


 ゲーム内での篠山は流行りに乗るタイプ。『人気』だとか『限定』という言葉に弱く、興味云々を考えるよりも早くその場に向かう。いわゆるミーハー、というやつだ。


 つまり篠山が個展に行かないという選択はあり得ない。


 案の定、二人は「見に行ってみよう」という結論にいたり、会場に向かうため踵を返した。

 ……全くもってゲームと同じだ。いっそ笑えるくらい。


「九坂」

「ん。わかってる」


 俺たちも身を隠していた障害物から外に出る。バレないように距離をあけたまま、尾行を再開した。

 ほどなくして目的地につくと、会場では入り口に長蛇の列ができている。行列で隠しているが、俺たちの位置からも看板は見えた。


「イベントチケットはこちらでーす」


 受付嬢の誘導によってお客さん達が順々にチケットを購入していく。


「これ、本当に並ばなきゃいけない?」

「まぁ、うん。そういうことになるなぁ」


 行動に意味を見いだせない九坂にとって行列に並ぶという選択肢は論外だ。できればやりたくない、という本心が表情ににじみ出ている。

 でも行列に並ばないとチケットを入手できない。ひいては一之宮を追跡できない。


「そうは言われてもな」


 この行列に並びたくないのは俺も同じだ。気乗りしないが、やむを得ない。


「じゃあ、俺が並んでくるから九坂はテキトーに時間を潰してろ。手にいれたら連絡するから」

「……わかった」


 渋々とだが了承する九坂。

 それを確認すると同時に列に並ぶため一歩踏み出す────と同時に、ちょいちょいっと横腹をつつかれる。


「ん? 何か問題でもあったか?」


 なんだ? まだ他に何か問題でもあるのか?

 めんどくさいな、と思いつつ後ろを振り返る。


「いや、私じゃない。そこの人、逆、逆」

「え? 」


 しかし、九坂は俺ではなく俺の斜め後ろを見ている。

 不思議に思いながら俺も九坂の指差す方に顔を向けると、そこには。


「────そこの不審者のお兄さん」

「なっ!?」

「死体遺棄の次は彼女さんを連れてストーキングかい?」


 俺の視界を黒い瞳が埋め尽くす。ガチ恋距離、と表現をしてもあまりあるほど近すぎる。

 人との距離感を掴めていない………いや、この少女はわざとやっているのだろう。そういうヤツだ、こいつは。


 驚いて一歩後ずさると、彼女は恍惚ともとれる表情で俺を見据える。


「また会ったね、神薙クン。一度でなく二度も会うなんて、やっぱりって本当にあるんだと実感するよ」


 嬢ヶ崎オリヒメ。俺の人生において最大の不確定要素が、あざ笑うかのようにそこにいた。

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