第42話 肝心なことは目に見えない
PM13:36。ショッピングモール1F・個展会場前。
「神薙クンは本当にいい趣味してるねぇ。ただの美術鑑賞では満足できず、可愛らしい彼女さんを連れて、なおかつ他カップルのストーキングかい? うん?」
「お、まえ……」
思わず言葉に詰まる。
なんというか……こいつは本当にヤバイ女だ。外見は誰がどう見ても美少女部類に入るだろうに、それを補って余りあるほどの性根の悪さがにじみ出ている。
「どぉして……!」と叫びたくなる思いをなんとか飲み込み、話をそらそうと試みる。
「別にそんなんじゃねぇよ。俺はただのクラスメイトで、篠山が一之宮と出かけるっていうから、そこの九坂と一緒に尾をつけているだけだ。ストーキングじゃない」
「本当かなぁ?変装までして?」
「本当だっての。……というか、嬢ヶ崎こそなんでここにいんだよ」
そう尋ねると、嬢ヶ崎は「あはっ!」と愉快そうに笑った。
「それ、聞いちゃうかぁ……まぁ、うん。神薙クンならいっかぁ」
嬢ヶ崎は口端をつりあげ、目を細めた。それはまるで、獲物をからめとった蜘蛛ようで────背筋が凍る。
「いいよ、教えてあげても。……でも、その前に神薙クン。この個展は何の個展か知ってる?」
「何の……?」
そう言えば一之宮達に追いかけるのに必死で個展の詳細なんて気にもとめてなかったな。正直興味ない。
知ったかぶりするのもアレなので、「それゃあ絵の展示会とは知ってるけど……」と言いつつ看板を見やる。
……
「うん、そうだね。JOKERの個展だよ。年齢不詳、容姿も不詳、性別も不詳……正真正銘の正体不明のアーティスト、JOKERの。まぁ、公開されている情報が少ないし、この個展自体も突発的に開催されたから知らないのも無理はないけどねぇ」
「ふぅん、そうなのか……」
嬢ヶ崎の早口な説明になんとか相槌を返す。
流石は芸術ステータスの数値がゲーム内トップの女、興味があることに対する情報網が広いこって────
(いや、それだけで片付けるにはちょっと無理があるな。なんでそんなこと知ってんだ、コイツは)
少し違和感を覚え、思考を踏みとどまる。
この個展が突発的に行われたのは事実だろう。しかし、個展の情報を嬢ヶ崎が持っているのはおかしい。
ロクに宣伝されてもいない個展の、しかもその開催背景を、どうして嬢ヶ崎は知っているのか。どうして極秘情報を知っていて悠々としていられるのか。
………つーかJOKERって響き、なんか嬢ヶ崎と…………おい待てコラ。
「マジか、お前マジか」
「あえて言葉を濁してくれるあたり、神薙クンの優しさを感じて私は嬉しいよ」
真理にたどり着き、俺は頭を抱えた。
何それ知らん。この期に及んで急に設定が生えてきて処理が追い付かん。
そもそもゲームでJOKERって言葉が出てきたか? いや、なかった。少なくとも、俺がプレイした記憶や設定資料集にもなかった。
かといって、設定が急に生えてきたというわけでもあるまい。赤嶺のように意思の指向性が変わったり、俺の存在により運命のズレが生じるならともかく、俺とは関係なくキャラの肩書が増えるのは明らかに不自然だ。無から有が生まれるようなものである。
……つまり、これらの事を踏まえたうえで考えられることはただ一つ。
(あんのエロゲ作家、ファンの知らないところで勝手に設定盛ってやがったなァ…………!)
なんてことはない。叙述トリックで省かれていたってことだ。
構想を練るだけ練ったはいいが、それはゲーム本編には関係ないからとおざなりにされた設定。もしくはゲームでは描写するまでもないと判断して省略されたもの。
攻略本や設定資料集に載ってない情報だから存在を知るはずもない。しかしシナリオライター及び開発陣の中では「ヒロインが実は知る人ぞ知るアーティストっての、いいよね!」と密かに盛り上がっていたのだろう。
俺が知っている設定はあくまで開発陣から公開された情報だけだ。開発陣が情報を公開していなかった場合は当然知りようもない。当然無いものとして扱うし、現に今まで無いものだと思って生きてきた。
ふざけんな!そんなの公式が勝手に言ってるだけじゃねーか!知らんて!
「もうほんと……ほんとやっていい事と悪いことがあるだろうが……!」
「もちろん、他言無用でお願いするよ。彼女さんもね」
俺の嘆きなどどこ吹く風で、嬢ヶ崎はしれっと
九坂が訝しげに眉をよせた。何を話しているのかさっぱり理解できていないらしい。
当たり前である。俺自身まだよく理解していない。
でもまぁ……とりあえず、だ。嬢ヶ崎が個展にいる理由は分かった。本当に不本意だが、飲み込むとしよう。いまだに納得できないが。
「とまぁ、こんな感じで私があくせく働いてるところに、以前よりも増して不審者度が上がった神薙クンが、これまた不審な彼女さんを連れ歩いているのが見えたからねぇ。知り合いとしては当然気になるところ」
「だから彼女じゃねぇって言ってんだろ。……ああもういい、この際だから紹介するよ。こいつは九坂、俺のクラスメイトだ。いまはわけあって一緒に行動している」
「ふぅん……クラスメイト」
「……よろしく」
九坂が警戒しつつ頭を下げる。それに対し嬢ヶ崎はじろりと九坂の全身を観察して
「よろしく」
と淡白に返した。
……やけに反応が薄い。九坂も間違いなくおもしれー女枠なのに食指も伸ばさないとは。ゲームイベントでの絡みはそれなりにあるんだけどな。
「ちょっと期待外れだったな…………」
「ん?何か言ったか?」
「いや、なんでもないよ。それよりも、神薙クン達の事情は大体わかったよ。かなりこじれてるね」
嬢ヶ崎はにやりと笑い、俺の耳に顔を寄せる。
「丁度暇してたし、協力してあげてもいいよ? あの二人をつけ回したいんでしょ?」
「人聞きの悪い事言うな。……そんな感じだ。協力してくれるのか?」
「そりゃあもちろん。だって、知らない仲じゃない神薙クンの頼みだしねぇ」
「別に頼んじゃいないんだがな」
しかし、どちらにしろ個展の中に入らないと一之宮達を追えない。嬢ヶ崎が協力してくれるのはありがたいか。
俺は「じゃあお願いするよ」と一言だけ告げて、九坂に向き直る。
「という訳だ、九坂。嬢ヶ崎が協力してくれるらしい。……まぁ、なんだ。俺よりかは頼りがいがあると思うから、そこは安心してくれ」
「ほんと?」
「ああ。俺もこいつのことを信用しきってる訳じゃないが、少なくとも『人に嫌われるような事はしない』人間だ」
「…………」
九坂がジト目で嬢ヶ崎を見やると、嬢ヶ崎は「私、信用無いなー」と苦笑した。
そういうところが胡散臭く見えるんだぞ。
「……わかった。一旦はそれでいい」
「おう、悪いな。……で、嬢ヶ崎。協力する分には全然かまわないんだが、一体どういう形で協力してくれるんだ?」
そう聞くと嬢ヶ崎は少し考えるそぶりを見せてから「まぁ、そこは無難にね」と返し、携帯で何か操作し始める。
指の動きから見るに、何か文字を打っている? メールかSNSで連絡でも取っているのか。
「このまま尾行に着いていくってのもいいけれど……それだと面白くない」
嬢ヶ崎はにやり、と笑うと俺に向かって携帯を投げた。
キャッチして画面をのぞき込むと、それはグループチャットの会話ログだった。
……は?
────────
展示担当
『急で悪いんだけどさ、スタッフの人員を二人ほど追加したいんだよね。用意できる?』13:46(既読)
『これまた唐突ですね……。どうしてですか?』13:46
『んー、創作意欲のため?』13:46(既読)
『了解しました。今すぐ手配します』13:47
────────
「「…………」」
実際に呼んだ俺はもちろん、わきからのぞき込んだ九坂も絶句する。
なんというか…………よく訓練された担当をお持ちで。
「ね、面白いでしょ?」
イタズラが成功した子供のように笑う嬢ヶ崎に、俺は引きつった顔を返す他なかった。
シラユキ。やっぱコイツ、全然つまる部類の人間だと思う。
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