第45話 彼女の本質

 何日か時が過ぎ、放課後の帰宅中。

 一言で『放課後』とは言ってみたものの、実は前世の放課後とは少し違う部分がある。


 それは『放課後にダンジョン探索をすること』だ。

 宿題というか何というか、ダンジョン学の授業では月ごとにダンジョン攻略の進捗をレポートにして提出する。そのレポートによって、授業評価が決まるのだ。


 故に生徒は放課後の時間を潰して必死にダンジョン攻略をする。中にはバイト代わりにダンジョンで小銭を稼ぐ生徒や修行の一環としてダンジョンに潜る生徒もいるが、やはり基本はダンジョン攻略だ。


「酷い目にあった……」


 そしてやはり、俺も例に漏れずダンジョン攻略に勤しんでいた。

 この世界はゲームとは違い、ドロップ厳選や効率プレイなんてできない。毎回の攻略が命懸けだし、それゆえに諸々の危険コストが大きめだ。

 装備の修繕費に回復薬代、時には買い替えも行うし、怪我をした時の治療費と保険料も稼いでおかないといけない。おかげで帳簿を黒字にするために俺はほぼ毎日ダンジョンに潜るハメになった。


「今日も暴走する赤嶺の制止、レアドロップモンスター出現の条件合わせ、その他エトセトラエトセトラ……。はぁー……」


 やることが多すぎてため息がこぼれる。

 最高効率金策ができるのが八月だから、それまでには何としても幸運装備一式を整えておきたい。だが、世間の素材レートがシケてるせいで中々金が貯まらないのが現状だ。


 それに加えて嬢ヶ崎の事もあるし、もう忙しすぎて禿げそう。というか気分的に禿げてる。


「なんて、現実逃避は良くないな」


 本日消費したポーション瓶を投げ、ゴミ箱にホールイン。

 人生もこれだけうまくいけばいいのに────


「────ん?」


 日暮れの公園の花壇の縁を、一人の少女が歩いていた。

 まるで綱渡りの名人のように、少女は一歩一歩、進路の決まった歩みを軽やかに続けている。


 ……何してんだ、あいつ。もとい嬢ヶ崎。


「よう、暇してそうだな」


 近づいて声をかけると、嬢ヶ崎は足を止めて振り返った。


「やぁ、神薙クン。奇遇だね」


 レンガの上で器用に回り、俺を見下げてくる。


「奇遇だね、じゃねえよ。変なことすんな、転んだら危ないぞ」

「確かに。でも、その危うさのおかげで神薙クンは話しかけてくれたから、私のリスク管理的には全然プラス判定なんだよねぇ。今のところやめる理由にならないかな」

「あのさぁ……」


 いつも通りの笑顔で、いつも通りの態度をとる嬢ヶ崎。

 何を言っても無駄そうな雰囲気が出てしまっているのが余計にタチが悪い。


「服装を見るに、どうやら今は下校中だとお見受けする。疲れがたまったところに、花壇の縁で『落ちたら地獄ゲーム』に興じる私を見かけたもので、つい反射的に声をかけてしまったというところだろう。そして多分、疲れの原因はダンジョン探索かな」

「100点満点の解答をどうもありがとう。ご想像の通りだ」


 やはり3回目の接触ということもあって思考を見切られ始めている。危ないラインがはっきりと見えてきた。

 危機感を覚えつつ、俺は先ほどから気になっていたことを確認する。


「で、こんなところで何やってんだ?」

「さっき言った通りだよ。遊んでいたんだ」

「一人で?」

「そう一人で。……おっと、憐みはやめてくれ。私は孤独に強いんだ。一人で遊ぶのは珍しいことでも何でもない」


 そんなことを言いながら、嬢ヶ崎は花壇の淵を小さく跳ねて降りる。


 一人遊び。そういや、俺はシナリオ以前の嬢ヶ崎をまったく知らない。


 彼女はDLCキャラクターで、天邪鬼で意地の悪い性格で、芸術家なのはわかっている。ただそれ等が彼女の全てかと問われれば、それは否だ。中身の中身、彼女の本質というものを把握しているわけではない。

 だからこそ彼女は不確定要素であり、俺は今もこうして翻弄され続けているわけだ。


 ────しかし。


「嬢ヶ崎」

「ん?」

「お前、同年代の友達はいるか?」


 正直、ここまで誰かを振り回せるというのは本質云々の域を超えている気がする。ある程度の情報を知っているというのに、まったくテンポが掴めないなんて本当にあり得るのだろうか。

 小賢しいという言葉だけでは片付けられない。もっと根幹のところで、この嬢ヶ崎オリヒメという人間そのものがおかしいという気がしてならないのだ。


「友達……?」


 きょとんと首をかしげる。そして何かに気付いたようにポンと手を打った。


「同年代の友達ならいるじゃないか。君と、ああそう。この前の一之宮クンもなかなかに面白い人だった。彼も友達と────」

「いや、そうじゃなくてだな。俺とか一之宮とかは『お前が気に入った人間』だろ。もっとこう、学校でいつも一緒にいるような人をだな……」


 彼女も社会の中で生きている。特にラドクロスバースでは人との縁が重要な世界であるわけで、俺のような前世の陰キャ人格とかが無ければ自然とコミュ力が高くなって友達の一人くらいいるはずだ。


 嬢ヶ崎は俺達の一つ下だから、今は中学校に通っているはず……。


「ん、それならいないよ。学校行ってないから」

「へ?」


 学校に行ってない?いやいや、この世界でも義務教育────


「だから、私は中学校に通っていないんだ。一応籍は置いているけれど、どうも面倒臭くてね」


 悪びれもなく、彼女は肩を竦める。


「疲れるんだよ、同じような人たちに同じような対応をするの。面白くないし楽しくない。勉強も大体家でできるし、出席日数も保健室に顔を見せて早退すれば問題ないだろう?」

「い、いやそれは」

「『間違っている。この世界は縁を結んだ方が何かと得だ』と君は言うんだろうね。でもさ、平均的な人たちとの普通の関係性の先に、有意義な時間と実りがある? 君だって、きっと心の底では特別な人間とだけ付き合っていればいいと思っている」


 喋りながら、じりじりと俺に近づく嬢ヶ崎。

 俺は一歩下がったが、彼女は二歩踏み出して俺を追い詰める。


 そして、まるで自問自答するかのように俺を覗き込んだ。


「神薙シンラはそういう人間だ。天才に凡才を気取る奇才。事実、今の君の周りには『非凡』しかいないんじゃいのかい?」


 心がズキリと痛む。

 図星と感じているのかは分からない。けれど、彼女の言っていることは概ね真実だった。


 マリア、イヨ、赤嶺、一之宮────シラユキ。

 俺はそういった人間としか関わってきていない。運命の収束作用によって集まってくるのがそういう人物達だということを含めても、明らかに偏っている。


 というかそれ以前に、俺は純粋な意思で友達を作っていないんじゃないか?


「本当に皮肉なものだね、この社会は」


 俺が黙っているのを見かねてか、嬢ヶ崎はからかうように笑う。


「まぁ、君と同じようなことを私も思っちゃったわけだ。私の世界を私以下の人間の水準に合わせるのは少々気分が沈む。猫をかぶって、外面だけ良くして、それで得られるのは誰もが持っているような関係性。はっきり言って効率が悪い……というのが私が学校に行かない理由。納得した?」

「……納得していないが、腑には落ちた。効率を求めたいというのは誰しもが思うことだ」

「そうそう……あっ、でも勘違いしないでほしいな。別に私は興味ない人達の事を嫌っているわけじゃない。ただ彼らに付き合う時間を違うモノにまわしたいというだけ」


 なんて差別的な物言いだ。優先順位の問題に置き換えたところで、結局彼女の言いたいことは「私より下の人間はいらない」というところに変わりない。ヒロインにあるまじき酷い人格である。


 ────でも、そんなことを否定できない自分が一番醜い。自己嫌悪に陥ってしまうほど。


「君の事だ、私の内面を探るためにこういう質問をしたんだろう?一周まわって分かりやすい」

「……」

「いいじゃん、友達らしくて好感が持てる」


 そう言って、嬢ヶ崎は俺の胸をつついた。


「でも、そうだな。君はどうなんだい?」

「どう、とは?」

「内面の話だよ。思えば、君はどこか私に一線を引いていて、本質を悟られないように心掛けている節がある。私がこんなにも、神薙シンラという人間を知ろうと努力しているというのに」


 ついに嬢ヶ崎が核心を突いた。

 そう、彼女は俺の内面に踏み込もうとしている。俺がずっと恐れてきたことを、今ここで。


 覚悟はしていた。だから俺もその意思に応える。

 他性を与え、踏み込むべきは今だ。


「……それは────」

「ああ、別に言わなくてもいい。私達はまだ、それを聞くには早すぎる気がする」

「え?」


 しかし嬢ヶ崎は、俺の言葉を遮って首を振った。


「え?」

「だって、そうだろ? 私はまだ君の本質を捉えきれていないし、君も私の本質を捉えきっていない。そんな状況で、私達が互いの深いところを知ろうだなんておこがましいじゃないか。だから────そうだね。まずは君が私に対する印象を固めるといい」


 印象を固める?それができれば苦労はしないというのに……。

 訝し気に眉をひそめる俺に、嬢ヶ崎は不敵に笑ってみせる。


「ちなみに、今週末の土曜日は空いてたりする?」

「ああ、それは……」


 暇だ。そう答えるより先に、彼女は「よし」と手を叩いた。


「私の家に招待しよう。私の環境を自由に見回って、自由に聞いて、それで君なりの私に対する印象を教えてくれ」

「ちょっ、いきなり何を言ってんだ。そんなの諸々まずいだろ」

「でも、友達ってそういうものだろう?そういう体験が初めてでもあるまいし」

「うぐ」


 その聞き方はずるい。つい最近そういうことがあった俺に対しては特に。


 突拍子もない提案に面食らいつつ、俺は嬢ヶ崎と自分の目的を比較する。

 環境を知るという観点で考えれば俺がやろうとしていたこととそう変わらない。彼女が俺を深堀りしたいように、俺だって彼女のことをもっと知りたいと思っている。相手が嬢ヶ崎ということに目をつぶれば、この提案は願ってもない僥倖だ。


 ……いや、むしろ。嬢ヶ崎だからこそ、これはリスクを取ってでも誘いを受けるべきだろう。案外、彼女を御すための弱みを見つけることができるかもしれないし、少なくとも情報不足で胡坐をかいている今よりかは進展があるはずだ。


 虎穴に入らずんば虎子を得ず。賭けてみる価値はある。


「……分かった。招待されよう」

「君ならそう言ってくると思ってたよ、神薙クン」


 俺の返答に、嬢ヶ崎はいつも通りの黒い笑みを浮かべるのだった。

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転生死にキャラは神ストーリーを認めない ~恋愛RPGの曇らせ要素に転生した俺は全力で運命に抗う~ @Dendai_Akihiro

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