第44話 違うからこそ分かり合える
それからはもう、何も覚えていない。
とにかく必死で、怯えながら時間が過ぎるのを待った気がする。
悪い夢を見たと思って、全部が全部夢オチだったらよかったんだけど。残念ながら現実のままだ。
「どうすんだよ、これ」
帰路。俺は頭を抱えて、とぼとぼ家路を急いでいた。
今日の目的だけを見れば『大成功』だ。一之宮と篠山と接触した嬢ヶ崎は、案の定フラグを前回収するかのごとくぐいぐいと二人と距離を詰めより、二人の思考を学習することに成功。九坂には「まだ一之宮クンは他の誰にも特別な感情を抱いちゃいない。また、隣にいる彼女も彼に対しては特別な感情を抱いていない。向けられている感情は友情や憧れだけだ」と助言して九坂の悩みを払拭した。
最初っからそうすればよかった、と思えるほど完璧な着地点だ。
ただ一つ。城ヶ崎が一之宮の存在に気づいたという事を除けば、だが。
「最悪だよ。あいつほんと……」
今日一日で思い知らされた。嬢ヶ崎は俺の理解から逸脱している。
一之宮ハルキが世界に愛された主人公なら、嬢ヶ崎は開発陣に愛された登場人物だ。シラユキはつまらん奴と切って捨てるが、別の視点から見ればもっと悪質な方向へ振り切れている。
メタ視点。シナリオという運命よりさらに上の寵愛を受ける彼女に対して、シナリオを『なぞる』という行為で対抗できるわけがない。
つまり、彼女の行動を誘導するには従来より大幅に難易度が上がるという事だ。
「そもそも、嬢ヶ崎はDLCのキャラだ。シナリオ上にいるっていう前提から見直さないと……」
あまりにも厳しい状況に天を仰ぐも、心の曇り空と同じように、いつも見ていたはずの展望はどこにも見当たらないのだった。
*****
次の日、ゴールデンウィーク明けの学校。
「おはよう」
「あ、ああ……おはよう」
教室の扉を開けると一之宮が挨拶をしてきた。
そのあまりにも自然な様子に、俺は思わず挨拶を返してしまう。
いや、なんで普通に返してんだ俺。
「ん?どうかした?」
「いや……なんでもない」
「そうか。ならいい」
一之宮はそう言うと、自分の席へと戻っていく。
その後ろ姿を目で追いながら、俺は改めて今の状況を認識する。
俺の目的は、この世界で展開される『ラドクロスバース』をハッピーエンドに導き、生き残ること。そのためにはなるべく登場人物にシナリオ通りの行動して貰わなければならず、予想外の行動をされると運命の収束作用が強まり俺の生存率が下がってしまう。
その上で、嬢ヶ崎オリヒメは最大の乱数である。登場してもしなくてもいいが、もし出てきた場合、その行動が何を起こすか全く予想がつかない。
つまりは『嬢ヶ崎オリヒメ』というキャラクターは俺にとっての天敵であり、同時に生存を左右するキーパーソンでもあるのだ。
「う……ん」
「昨日から辛気臭い顔をしておるな、シンラ」
席で頭を抱えている俺の背中に、軽く重みがかかった。
振り返らずともわかる。シラユキだ。
「しばらく黙っておこうと思ったが、流石に心配になってきてな。どうかしたか?」
「別に……いや、多分つまらないことだよ」
「……あの初見女のことか」
俺の憂いを察したシラユキが、直球でその理由を言い当てる。
「前も言っただろう。あやつはつまらん女だ、と」
「……そうだな」
「ならばなぜだ。なぜ貴様はあのような女に心乱されている?」
「いや、それは……」
シラユキの指摘に俺は言葉を詰まらせる。
確かに、嬢ヶ崎はつまらない女なのだろう。その行動も、性格も、その思考回路も、シラユキのような上位存在にはとるに足らない些細なものなのだ。
だが、それでも俺は彼女を脅威と感じている。世界にとってつまらない女であっても、それが天敵になるとどれだけ危険かを俺は身を持って思い知らされた。
早急に対抗策を打たなければ取り返しがつかなくなる。運命的にも、俺の精神的にも。
「……なぁ、シラユキ」
「なんだ?」
「お前は──────俺のどこがおもしろいと思うんだ?どうして俺と一緒にいてくれるんだ?」
「は?何を言っておるのだ貴様。気色悪い」
「いや、その、な。ちょっと気になったんだ。お前みたいな奴に、俺なんかの何がそんなに刺さったのかって」
俺の疑問に対し、シラユキは心底不機嫌かつ不思議そうな顔をする。
そして、しばらく考え込んだ後
「『刺さった』という表現が『興味がわいた』ということの隠喩なら、それは『貴様が妾ではないから』とでも表現しておこう」
「どういうことだ?」
「そのままの意味よ。妾は神である故に願われ、疎まれ、奉られ、祟られる。……皮肉にも神は人からの信仰があってこそだ。どれだけ妾が唯我独尊に振る舞おうとも、その根源には必ず人の願いが宿っている。凡庸で、無意味で、無価値な願いの集合が、だ。だからこそ────」
そこで言葉を区切り、シラユキは自嘲気味に笑う。
「妾は神に願わず、それどころか運命を覆すための道具として扱った貴様を気に入った。特に妾の思いつく限りの全てを否定したのは…………ははっ、それはそれは痛快だった。少なくとも、この男は妾とは決定的に違うと感じるには十分だった。妾には到底できぬこと故にな」
「それが俺の側にいる理由か?」
「いや、それは動機だが、今の心持ちとそんなに変わらんよ。初めに抱いていた所感よりも大分堕落したが、見て飽きぬことには変わりない」
そう言って、シラユキは俺の頭に肘を置く。
「よく覚えておけシンラ。類は友を呼ぶと人は言うがな、それは違う。元が根本的に違う者同士がお互いを気に入り、尊重し合う様がたまたまそう見えるだけだ」
キメ台詞を吐いたシラユキは、満足げに俺の上から飛び降りた。
なんかカッコイイこと言った感出してるけど、俺が親友になるまでロクに友達も作らなかった奴なので説得力がない。響かないといえばウソになるが、それでも突っ込みたくなる。
けれど、それでもシラユキは唯一無二の親友だし────俺も彼女を尊重するとしよう。
「ありがとよ」
個性と他性。嬢ヶ崎はたしかそんなことを言っていたが、これもその一環なのかもしれない。
他人を変えるのには、やっぱり自分から動かなければならない。
俺が変わらない限りこの状況は解決しないのだろう。
そのために、もっと踏み込んだ部分で嬢ヶ崎に関わる。そして一之宮から引きはがす。おそらく、これ以外の方法で彼女を誘導することは不可能だ。
分の悪い賭けなのはわかっている。でも、やるしかない。
(他性、与えますか)
もう一度、腹を決めて、俺は嬢ヶ崎オリヒメと向き合う決意を固めた。
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