第8話 それでもあなたは親友でいられますか?

「起きたか、シンラ」


 目を開けると、目の前には白い天井があった。

 横を見ると、そこにはベッドで寝ている俺を見下ろすシラユキの姿がある。


「ここはどこだ?……ていうかさっきまで体育館にいたはずじゃ……」

「ここは学校寺小屋の医務室だ。安心しろ、戦いは終わっている」


 そうか……。俺はあの後ぶっ倒れちまったのか。

 シラユキに礼を言ってから上体を起こす。


 体が鉛のように重い。それは精神的疲労ではなく、呪いによる肉体的な不調だ。

 絶世反理を使う時点でボロボロになることをは覚悟していたが、思った以上に体に負担がかかる。


「いてて……」

「当たり前だ。一時的とはいえ、妾と同化したのだぞ。しばらく安静にしていろ」

「悪いな、迷惑かけちまって。でも、助かったぜ。お前がいてくれなかったら死んでたかもな……」

「ふん、気にするな。唯一無二の親友として当然のことをしたまでのこと」


 シラユキが鼻を鳴らして視線をそらす。

 こいつは素直になれない奴だなぁと思いながら、俺はシラユキに笑いかけた。


「んでも、ありがとよ。シラユキがいなかったら俺は死んでいた。本当に感謝しているよ」

「……そのことなんだがな。少しシンラに残念な知らせがある」

「ははは、なんだよそれ」


 急に神妙な顔つきになったシラユキを見て、俺の背筋が凍り付く。

 よほどのことが無い限り、こいつは大抵のことを冗談として見過ごす。つまり、わざわざ話を持ち出すということは、それほどまでに重要なことだということだ。


 シラユキは俺から目を逸らすと、小さな声で言った。



「実は、シンラとユニオンブレイクを発動した時、意図せずシンラの記憶が垣間見えた」



 瞬間、部屋の雰囲気が重々しいものになった。

 笑おうにも笑えない。会話を促すのが精一杯だ。


「……それで?」

「シンラ、貴様は何者なのだ。どうしてこの世界のことを知り尽くしている」


 恐る恐る問うと、シラユキが少し身を引いて言った。

 シラユキが俺にむける視線は、今朝までのそれとは違う。得体のしれない化け物を見た時のような、疑念と恐怖に満ちている。


「答えろシンラ。あの記憶は、お前が見た光景は、『ラドクロスバース』とはなんだ?」

「……」


 口にしなくてもわかる。どうやら、俺が転生者であることがバレてしまったらしい。

 この世界の住民であるシラユキにとって、ラドクロスバースを知り尽くした人間など不気味以外の何者でもないのだろう。俺だってシラユキの立場なら同じことを思う。


 本当のことを話せば、俺とシラユキの関係は終わるかも知れない。

 この世界はゲームの世界で、俺は前世の記憶を持っている、なんて信じろという方が無茶だ。


────でも。


「……アレは、『起こるはずだった未来』だ」


それでも、俺の口からは言葉が出ていた。


「ッ……!」

「シラユキが見たのは俺の前世の記憶、俺が死ぬまでに見ていた景色だ。俺はその記憶を持って生まれた転生者。これで納得いったか?」


 シラユキが警戒心を強める。


「なぜそれを話す。多少嘘をつくなりしてもよかったのだぞ」

「シラユキなら信じてくれると思ったからだ。それに、隠し事したまま親友を続けるのは嫌だからな」

「……」

「で、知ってどうする。俺と縁を切るか? また深淵の底にある住処へと戻るか? 俺はもうお前を引き留める理由はないからな、好きなようにしてくれていいぞ」


 そう言うと、シラユキは初めて眉間にしわを寄せた。

 俺がそんなことを言うとは思っていなかったのかもしれない。……いや、少し違うな。


 俺があっさりと白状するとは思わなかったから、気持ちの整理が追い付いていないのだろう。


「…………」

「まあ、すぐに返事はできないよな。ともかく、俺はシラユキの一存に従うまでだ。一緒にいたいなら一緒にいてやるし、二度とその顔を見せるなと言われたら消えるよ」


 シラユキは何も言わず、ただ俯いていた。

 それから数分経った頃、シラユキはゆっくりと口を開いた。


「運命は……変えられるのか?」

「え?」

「もしも、妾がお主とずっと共にいることを選んだら、妾はラドクロスバースとやらの筋書きから外れられるのか?」


 真剣な、それでいてか弱い眼差し。それは、シラユキが見せる初めてのだった。


 多分、俺はこの問いに答えなければならない。

 明確な答えは出せないけれど、精一杯の誠意を。


「それは……わからない。けど、ただ一つ分かるのは、俺はトラから生き延びて本来のシナリオから大きく外れたってことだけだ」

「……そうか」


 安堵したようなため息をつき、シラユキが俺の手を握る。

 そして、笑った。


「ならば、もう何も迷うことはない。妾はシンラと共に歩もう。それが妾の選んだ道だ」

「いいのか?」

「勘違いをするな。これはあくまでも妾が物語の登場人物だということを否定し、親友の中にある狂った記憶を妄言にするための決意だ。それ以上でもそれ以下でもない。それに…………愚弟とはいえ、血のつながった弟が世界を崩壊させるなんて思いたくはないからな。意地でも止めてやる」


 そう言って、シラユキは恥ずかしそうにそっぽを向く。

 ラドクロスバースでは描かれなかった裏ボスの貴重なツンデレシーンだ。この平和な光景だけでもゲームの世界じゃないと錯覚してしまいそうになる


 極度の緊張から解放され、頭の後ろに手を置いてベッドに寝転ぶ。


「とはいっても、俺のすべきことはもう終わったんだけどな。入学式で生き残ることができたし、トラも倒すことができた。あとは、主人公組が俺の知らないところで青春を謳歌してくれれば万々歳────」

「何を言っているのだ、トラは逃げたぞ」

「……え?」

「さらに言えば、シンラの死相はまだ消えておらぬ。思いっきり残っておるぞ」


 シラユキの言葉に、俺は思わず固まった。

 トラが倒せていない? しかも死相が消えてない?どういうことだよ……。


「おい待ってくれ! 俺は確かに絶世反理を使ったはずだ! 証拠に俺の体は呪われてるんだぞ!?」

「ああ、使ったな。不完全な形で」

「不完……全?」

「貴様の思考に合わせて説明してやろう。そもそも、絶世反理はゲームをクリアした後で手に入るユニオンブレイクなのだろう?」

「あ、ああそうだが……」

「それはすなわち、主人公がある程度成熟した状態で使って、初めて本来の力を発揮するということ。主人公本人ならいざ知らず、入学したてのペーペーなシンラが使えるわけがない」

「あっ、そっか」


 ゲーム脳になって初めて理解できた。俺、全然レベリングが済んでないじゃん。

 マリアに強いと太鼓判を押された俺でも、流石に終盤のハルキよりも強くなったとは思っていない、せいぜい第三章のボスを薬漬け戦法で倒せるぐらいだろう。


 そんな俺が作中最強威力の必殺技を使える……訳が無いよなぁ。


「シンラの実力はまだまだ未熟。本来の威力の半分も出せてなかったぞ」

「まじかよ……」

「故にトラには重傷を負わせたものの致命傷を与えるには至らなかった。そして、そのまま逃げられた。これが現状だ」


 結果だけ見れば何も変わっていねぇじゃねぇか……。


 トラを逃がしたということはつまり、ラドクロスバースのシナリオ自体は終わってないということ。ゲームの時間軸で言えば、今頃トラは自身の上司である魔王に救世主の存在を報告していることだろう。


 俺の記憶が正しければ、この報告を機に魔王は本格的に動き出すはず。


「俺の命が危ない!?」

「シンラの命というか、この世界の存続がな」

「なぁ、シラユキ! お前の力でどうにかできないか!? 神様なんだから多少の融通が利くだろ!」

「残念だが、妾の法則を捻じ曲げる力は神や悪魔といった高次存在が干渉する事象には通用しない。血を分け合った姉弟なら尚更だ」

「そんな……」


 俺とシラユキの間に重い空気が流れる。

 俺がもっと強ければ、こんなことにはならなかったかもしれない。


 ……かくなるうえは


「もう一度フラグをブチ折るしかないってことか。今度こそ」

「できるのか?」

「できるできないじゃない、やるんだよ。せっかく生き残ったんだ、世界が崩壊して死亡なんて死んでも嫌だ」


 俺はシラユキの目を見てはっきりと答える。

 シラユキもそれに応えるように、しっかりと俺の目を見つめ返してきた。


「シンラならそう言うと思っていた。妾はどこまでも付き合おうではないか。たとえその先が地獄であろうとも、妾は最後まで共にある」

「ありがとう、シラユキ」


 こうして俺たちは、運命に抗うことを決意したのであった。

 全ては自分、そして世界のために。

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