第7話 俺が本当にやりたかったこと

 マリアさんが避難勧告を出すと同時に、体育館は阿鼻叫喚と化す。ラドクロスバースの描写と全く同じ光景が目の前で起こっていた。


 俺は急いでシラユキに念話を飛ばす。


(シラユキ、聞こえるか!?)

【ああ、面白いことになっているな。可愛い猫ではないか】

(把握しているなら助けやがれ! 本当に死ぬかと思ったんだぞ!)

【ハッハッハ! シンラがそう簡単に死ぬものか! 面白そうだから屋根の上で静観しておく。酒が無いのが口惜しいが、眺めるだけでも十分だ】


 シラユキの笑い声が頭に響いた。

 ダメだコイツ、全然あてにならない。非常事態のために家から連れ出したってのに、いま役に立たなくてどうするんだよ。


「シンラっ!」


 振り返ると戦闘態勢になったマリアさんや腕に覚えのある人達がこちらに向かって駆け寄ってくるところだった。


 その中には────


「大丈夫か?」

「っ……」


 俺の肩に手を乗せ、心配そうな表情を浮かべる男。ラドクロスバースの主人公、一之宮ハルキもいた。

 皮肉にも、トラの一撃を耐えきったことで主人公に顔を覚えられてしまった。この世界において、全ての災いを呼び込むこの男と関わるのは最悪の状況といえる。


 しかも、主人公と一緒にヒロイン達まで集まってきた。九坂クラマ、篠山エミ、そして神薙マリア。

 序盤負けイベントの主要メンバーだ。あと数刻でこの体育館は戦場となる。


「アンタ……なんでこんな所に……」

「新入生の一之宮ハルキだ。この学園に入学するために来た」


 はい、ごもっともです。でも、そんなことを言ってる場合じゃないんですよね。


「話は後だ。とにかくあいつをどうにかしないと」


 ハルキに促され、俺はトラを見る。先ほど吹き飛ばしたはずのトラは体勢を整えており、臨戦態勢に入っていた。

 標的は……俺だ。瞳の奥に怒りの炎が宿っている。


「シンラ! 大丈夫!?」

「マリアさん、俺逃げていいですか?」


 もうこれ以上体育館にいると今度こそ死にそうな気がするんです。あなただって従弟が死ぬのは嫌ですよねぇ?


「……ダメよ」

「ええん」

「シンラ、よく聞きなさい」


 マリアさんは目を吊り上げて俺を睨みつける。


「あなたは強いわ。あの化け物をどうにかできる数少ない対抗札よ。だから、守られる側じゃなくて守る側になりなさい」

「でも、死にたくないし……」

「違う。私は死ねと言っているんじゃない、守りなさいと言ってるのよ」


 バツが悪くなって目をそらすも、マリアさんに頬を挟まれ視線を固定される。

 否応なく、従姉の視線が注がれる。


「死ぬ死なないの話じゃない。あなたが逃げれば何人の人が死ぬ? どれだけの人が悲しむ?」

「……」

「守りなさい。手の届く範囲でいい、足掻くだけでもいい。……あなただってでしょう?」

「っ!!」


マリアさんのやわらかい笑顔で、俺ははっとした。


 ………そうだ。


 俺は死なないために生きてきた。

 死なないためにシラユキに立ち向かって死ぬような思いをしたし、そのためなら誰を犠牲にしても構わないと思っていた。


 でも俺が逃げたら、ラドクロスバースのシナリオ以上に大勢の生徒が犠牲になる。それはつまり、神薙シンラと同じ末路をたどる人間を自分のワガママで作り出してしまうということだ。


俺は、俺が生きていればそれでいいのか?


(……違うよな)


 そういうことじゃないだろ、俺がやりたかったことは。


 俺が行動したのは俺を守れる奴がしかいなかったからだ。でも、俺以外のやつには俺がいる。俺が手をさしのべてあげられる。

 もう、不利益な死は生み出さない。絶望の描写を眺めるのはもう飽きた。


 被害者神薙シンラは俺だけで十分だ。


 覚悟を決め、シラユキに念を送る。


(シラユキ、力を貸せ。ありったけだ)

【はて、何のことだ?】

(『ユニオンブレイク』。トラをぶっ飛ばすにははそれしかない)

【ほう!】


 ユニオンブレイクとはラドクロスバースのバトルシステムの一つで、親密度の高い二人でくり出す合体技だ。

 お互いが信頼していないと成立しない技だが、発動すれば効果は絶大。きっとあのトラも粉砕できることだろう。


 格上に勝てる数少ない可能性だ。やってみる価値はある。


【ふははっ、 面白いことを考える! 賭けるには十分な突破口だな!】

(白々しい演技をしてないでいいから早く来い! お前の力が必要なんだよ!)

【よかろう。だが妾とシンラでは魂の強度に圧倒的な差がある。死ぬかもしれぬぞ?】

(死なねぇさ。なにせお前は俺と『ユニオンブレイク』をする前提で俺を鍛えようとしていたんだからな。バレバレだぜ)

【…………ふん、調子のいいやつだ。面白くない】


 次の瞬間、体育館の天井に大穴が空き、シラユキが降ってくる。

 そして俺の頭に重さを感じさず着地し、主人公たちを一瞥した。


「な……誰だお前は……」

「シンラがどうしてもというのでな。普段は俗世に干渉せぬ妾だが、今回限りは例外としてやる」


 シラユキから白い霊力が漏れ出る。

 それは肌をつたうように注ぎ込まれ、俺の中を蝕んでいった。


 皮膚が裂け、鱗が生え、犬歯が伸びる。

 体中を巡る力を抑えることができず、全身を蛇が締め付けるような感覚に襲われた。


「ぐっ……」

「神と同調しようとしているのだ。痛いのは当然、狂わんだけマシと思え」

「わかっ……てるさ」


 これも織り込み済みだ。シラユキの『ユニオンブレイク』も頭の中にきっちり入っている。


 シラユキ、もとい白蛇様の『ユニオンブレイク』は『神呪・絶世反理』。一時的にこの世の法則から外れるという設定の自傷技である。


 そして、この技はどのステータス上昇率も優秀な白蛇様の中で唯一のゴミ性能として有名だ。

 威力は申し分ないのだが、HPが大幅に減るし5ターンの間回復できなくなるし、そして何より全ステータスが四分の一になる呪い状態になる。使い勝手が悪いことこの上ない。


 ……でもよ。こんなデメリットもりもりの産廃性能、逆張りオタクとしちゃあヨダレもんだろ。使いこなしてこそのゲーマーだ。


 割れた蛇眼でトラを睨み、隣にいるマリアに言う。


「マリアさん、どうにかしてトラを拘束してくれ。どんな手を使ってもいい、この技を当てれば俺達の勝ちだ」

「し、シンラは大丈夫なの?」

「なに、少し気絶するだけ。すぐに治る」


 ウソ、教会に行って治療してもらわないと呪いは解けません。残念でした。

 しかし、正直に言えばマリアさんは俺を止めようとするだろう。それなら言わない方がいい。


「っ……わかったわ。行くわよ、あなた達。シンラの頑張りを無駄にしないで!」

「「「おうっ!」」」


 へへっ、まさかトラに踏みつぶされないように頑張るだけのつもりが、シナリオを改変して負けイベントを勝ちイベントにすることになるとは。


 主人公達は武器を手に取り、トラに向かって駆け出した。

 マリアは剣を振るってトラの爪を受け止めると、そのまま鍔迫り合いに持ち込む。

 クラマは左右から魔法で撹乱し、ハルキはトラのパンチを躱しながら着実にダメージを重ねる。そしてエミは後方で回復、初めてとは思えないほど息の合った連携だ。


「あの者達は結構有望だな。あと幾年かしたら妾の住みかにたどり着いていたかもしれん」

「ああ、そうだな。少なくとも俺なんかが攻略するダンジョンじゃないよ、あそこは」

「もう少し自信を持て。シンラは妾を倒した者だ、妾に比べればあのトラなんぞ毛玉にすぎんよ」

「そりゃどうも。……さて、そろそろか?」


 技が完成するとともに、主人公組がトラの足止めを完了させる。


 身に余るほどの力の奔流を歯を食いしばって耐え、俺はトラに向かって手をかざした。

 頭の中で奏上が紡がれる。


「「我が手に抱けし始源の秘奥。放つは光、取り込むは闇。法外に座す色彩の無き混沌よ、贄を喰らいて常を砕け────────其の名をもって呼轟せよ!『神呪・絶世反理』!!」」


 視界が真っ白に染まった。

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