第31話 決して語られぬ裏話

 草を踏む音が聞こえ、俺は目を覚ました。

 青色だった空はいつの間にか橙色に代わり、雲がこころなしか多くなっている。


 どうやら赤嶺を主人公組に押し付けたあと、二時間ほど眠り込んでいたらしい。今頃はミヒャルドをぶっ倒して一章のエピローグに入っていることだろう。無事に終わって何よりだ。


 ……さて、あとはの問題を片付けるだけだ。


 ────────なぁ、シラユキ。俺の前に現れたってことは、エキゾチックレザーにされる覚悟はできてんだろうな。


「重役出勤とはいいご身分だな。血まみれの親友を見て何とも思わないのか」

「ふん、地に伏す者に賛美は合わぬ。欲しいのならせめて立て。立って、矜持をもって拝謁しろ。それが評価に値する者の態度だ」

「あいあい」


 平常運転で何よりだ。少しはデレを見せて欲しい。


 少しがっかりしつつ体を起こすと、案の定シラユキが俺の傍らに立っていた。

 憂慮を払うと言った割には元気ピンピンで、腰に手を当て呆れ気味に…………ちょっと待って前言撤回。

 シラユキじゃなくて、シラユキに似たギャルのバケモンだった。即刻退治しないと脳内メモリが汚染される。


「水ビーム(弱)!!」

「わぶっ!?」


 悪霊退散悪霊退散。妖怪痛ケバばあはこの世に存在してはならない超ド級級怪異、冗談じゃなく地獄に墜ちろ。久坂クラマが与えてくれた幸せの感情を返せ。


「塩、誰か塩持ってこい! 万越え年増がギャルメイクに手を出すなんて精神を標的にした無差別テロだ! 払え、除霊しろ!!」

「誰が年増だクソガキ! せっかく妾が珍しく流行に乗ってやったというのに、感謝の言葉もないのか!」

「最新!? 現代アート的な意味でですか!? それとも一周まわっての話ですか!?」


 シラユキに水を浴びせて趣味の悪い化粧を根こそぎ洗い流す。

 あーあー出るわ出るわ。つけまつげにファンデーション、アイシャドーにチーク。

 盛りに盛られた漆喰の如き面の皮がケバ色の滝となって地に落ちる。その様、まさに工場排水のごとく。


 ずぶ濡れになったシラユキが俺の襟首を掴み上げて揺らす。


「貴様、妾がこの装いを完成させるのに何時間かかったと思っておる!2時間、2時間だぞ! 髪に顔、爪にまで芸術の粋を施させたのにシンラのせいで台無しだ! どうしてくれる!」

「確かにその努力はすげぇよ! ただギャルメイクはどう考えても似合わない! 元々の顔立ち自体が白ギャル染みてるのに、さらにメイクをしたら明らかに過剰搭載だろ! ケバい、ケバすぎる!」

「ああ!?」

「お前の造形は素の時点で完成されていて、化粧をするまでもなく華やかだ!つけ加えるだけ余計、せっかくのバランスが崩れる!」


 100の顔を150にしても胃がもたれるだけだわ!牛丼にトンカツをのせる奴がいるか!? アンダースタン!?


 そんな文句をぶちまけると、シラユキは


「完成された……そうか。妾は華やか、か……そう見えるのか」


 なんか急にしおらしくなった。

 濡れた髪を人差し指に巻き、恥ずかしそうに視線をそらす。


 えっ、なんか間違ったこと言いました? 逆に怖くなるんですけど。


「それは……悪かったな。シンラがそう思うならきっとそうなのだろう」

「お、おう。わかればいいんだよ」


 調子狂うな。赤嶺然り、シラユキ然り、印象に沿わない行動をとられるとこっちまで変になってしまう。


 シラユキが咳払いし、話を無理やり戻す。


「で、だ。妾がいない間に何が起こった。処置はしてあるものの、首を酷く噛まれたように見えるが」

「ああ、んだよ。お前と同じでな」


 そう言って、俺はシラユキがいない間に起こった出来事を話す。

 決して自慢できる話じゃないので恥ずかしい。けれど、少なくとも協力者のシラユキは知るべきだ。


 一つ一つ丁寧に説明し、今に繋がるまでを克明に語る。


「……うむ。そうかそうか」


 話を一通り聞き終わったシラユキは深々と頷き、俺の頭の上に手を置く。


 そして。


「とどのつまり、『私は私情で運命に干渉しました』と言いたいわけだな……?」

「い、いやぁ……?」

「妾が必死で危険因子を潰している間、シンラは英雄ごっこに興じていたと。それも、我等最大の敵である小娘を姫役に据えての殺陣とな。…………殺すぞ貴様」


 こめかみに万力のごとき圧力がかかる。シラユキから与えられたのはではなく慈悲無きアイアンクローでした。


 イタタタタタ! こちとらケガ人、それも急所を貫かれた重傷者! 「どーせ病院行くんだから傷を一つ二つ増やしても同じ」ってことはないんですよ!?


「俺だって頑張ったんだよ! ロクに使えもしない剣を巧みに操って鬼蝕種を三体屠ったり瀕死の赤嶺を守ったり!」

「なぁにが『剣を巧みに使って』だ! 妾の大事な宝刀を水鉄砲扱いしおって! この刀にどのくらいの価値があるか、推し量れないシンラでもなかろう!」

「うるせぇ、人切り包丁も手品道具もそんなに変わんないだろ! むしろ新たな可能性を提示してやっただけありがたいと思え! 良かったな、今後酒の席で芸に困ることはなくなったぞ!」

「この性根腐れがぁああ!」


 だって俺、悪くないもん! 悪いの運命だもん!

 つーかシラユキがいたらこんなことにはならなかったんですけどねぇ!


 宙ぶらりんの状態で、俺は苦言を呈する。


「そういうシラユキはどうなんだよ!俺をほったらかして、なにも無しってことはありませんよねぇ!?」

「無論だ。貴様のようなグズとは違い、妾は優秀だからな、気になる物を抑えてきた」


 そう言うと、シラユキはどや顔で一枚の紙を取り出した。

 桃色のサンゴが描かれた紋章が描かれた紋章……いや、ここはあえて社章と言っておこう。


 ラドクロスバースにおいて回復ポーションを制作している会社、コーラル製薬のマークだ。ゲームの展開にも関わる重要な印である。


「それ、どこで手にいれたんだ?」

「森で出会った怪しい奴の拠点からちょうと拝借してきた。そやつの名前は確か」

「如月ヤヨイ、大企業コーラル製薬の令嬢だろ」

「うむ、そうそう……どうして知っている。というかコーラル製薬とはなんだ」


 セリフを先行されて驚くシラユキに対し、ジトッとした目を向ける。


 あんのなぁ……。


「先の展開を知ってる俺に情報で恩を売れる訳ねぇだろ」

「…………」

「如月ヤヨイがお前の弟の部下で、鬼蝕種の戦闘データを取っていたのもゲーム内で語られていたから知ってる。でも、今はまだ主人公に迷惑をかけるわけじゃないから、障害にならないよう無視しておいたんだ。余計なことして戦闘にでもなったらと考えr…………待って何、もしかしてちょっかいかけた? 目線を合わせて答えてみ?」


 嫌な予感がしたのでシラユキの顔をのぞき込むと、シラユキは露骨に視線をそらした。

 白い肌に一滴の汗。それは焦りによるものか、それとも後ろめたさによるものか。どちらにせよ、俺にとっては凶報のお知らせでしかない。


 おまっ、マジか! ありえねぇ!


「うっそだろお前! あんだけ責めておいて、結局自分もバッチリ大ポカやらかしてんじゃねぇか! 」

「い、いや、喧嘩を吹っかけたというほどでもないのだが…………うむ。敬語を使わせる程度には脅して情報を吐かせた。活動の目的や二か月後に予定されている大規模な破壊作戦の段取り、の化粧技術の髄まで洗いざらい……」

「全っ然弁明になってないっ!? むしろ情状の余地が無いくらいギルティ!」


 制作コンセプトが『顔はいいが総合的にギリギリ殴りたくなるギャル』の女に敬語を使わせるって一体何やったの!? 機械触手でもぶっ壊した!?


(この大戦犯どうしてくれよう)


 頭を抱え、思考を巡らせる。


 ツッコみたい点が多々ある……が、落ち着け、シンラ。逆MVPシラユキへの説教は家に帰ってからでもできる。それよりもシラユキのやらかしがこの先どのような結果を生むのかを考えた方がいい。


 まずは単純な話だけでも『主人公達の試練の難化』がある。

 シラユキの干渉によって敵側が警戒度を上げるはず。それすなわち、敵の策略が複雑になることを意味しており、絶妙なバランスで成り立っていたラドクロスバースシナリオのクソゲー化につながる。

 ただでさえ高難易度ゲーとして一定の評価を受けているのに、これ以上難化してみろ。俺のフォローがあったところで焼け石に水、GAMEOVERは避けられない。


 次に『シラユキの存在の認知』。

 シラユキが動いていると部下から報告を受けた時、ラスボスさんはどう思うだろうか。

 明確な脅威、それも実の姉が障害になるのだから、ある意味主人公よりも重要だ。きっと全力で潰しにかかる。本腰を上げて敵対行動に移された暁にはこの街で裏ボスVSラスボスの姉弟喧嘩大怪獣バトル…………うん、想像もしたくない。恋愛王道RPGが瞬く間にクソデカスケール特撮映画に早変わりだ。


 さらに『俺が脅威認定される可能性』。

 実際はシラユキにおんぶに抱っこな俺であるが、外面的には悪名高き白蛇様と対等な関係を築いている謎の人物となっている。字面だけでも強いことが分かるくらいインパクトのある肩書だ。下手すればシラユキと同レベルの脅威として敵のブラックリスト入りする可能性も十分ありえる。

 だいたい変なタイミングで立場に対する責任ノブレスオブリージュを求めんな!立場に対して実力が伴っていない奴も世の中にはいるんだよ、クソが!


「あああああ、考えれば考える程イラって来る! 誰だ、努力は裏切らないって言った奴は!」

「すまん……」


 全てに殺意を覚える俺と、泣きそうな顔で地面を見つめるシラユキ。


 こうして、俺達の命運をかけた大作戦は今後に大きな課題を残す形で一端の区切りを向かえた。

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