第32話 副ギルドマスター


「おい、この騒ぎは何事だ!」


 騒ぎがどんどん大きくなって、ついには冒険者ギルドの偉そうな人まで出てきた。さすがにここまで大きな騒ぎとなってしまえば、簡単に揉み消すことなんてできないだろう。


「こ、この人に訓練と称してお尻を触られました! そ、それに個室へ連れ込まれそうになりました!」


「なんだと!」


 やって来た30代くらいの背の高い女性に怯えたフリをしながら直談判をしてみた。確かこの人はこの冒険者ギルドの副ギルドマスターだ。


 以前にアンリとエルネが俺を襲ってきたルナさんたちを衛兵に付く出したあと、副ギルドマスターに報告をした時に一度面識がある。


「おい、お前、この男性の言っていることは本当か!」


「い、いえ! とんでもありません! 俺は訓練をしていただけで、そんなことはしていない! この男が嘘を言っているんだ!」


「この者はこう言っているが……」


 こっちの世界だと基本的に証拠を集めるのは難しいだろうから、言った言わないの水掛け論になってしまうのかもしれない。とはいえ、魔法がある世界だから、なにかしら手段があるのかと思ったが、そんなことはなかったらしい。


「トオルの言っていることは本当だ。私も彼がそこの臨時教官にお尻を触られているのを見た! それにさっきそこの職員に男性が訓練と称して身体を触られていると報告したぞ。その時はにべもなくあしらわれてしまったがな」


「な、なんだと!」


 そう、真面目で正義感の強いコレットさんなら、ここで手を差し伸べてくれると思っていたぞ。それにここでさっき駄目元でもコレットさんが冒険者ギルドの職員に報告へ行ったという事実が生きることになってきた。


「ぼ、僕もさっき訓練している最中、その人にお尻を触られました!」


 そしてさっきこの臨時教官にセクハラを受けていたランドルも声を上げてくれた。さすがに俺以外にもここまで証人がいれば、言い逃れは不可能だろう。


「なに、あの可愛い男だけじゃなくて、そっちの男にもだと!」


「なんてやつだ! まさに男の敵だぜ!」


 どうやら周りの女性冒険者も俺たちの味方になってくれそうな雰囲気だ。


 ……どちらかと言うと、みんな羨ましいといういう気持ちが大きいような気もするけどな。


「ち、違う! こ、こいつらが嘘を言っているんだ!」


「……見苦しいぞ。そいつを連行してくれ。トオルくん、すまないが詳しい話を聞かせてくれ」


「分かりました」






「以前に引き続き災難だったな。いや、今回の件は冒険者ではなく、完全に冒険者ギルドによる不備だ。トオルくんには本当に申し訳ないことをした」


 2階にある部屋へと通され、細かな事情を説明すると、俺に向かって副ギルドマスターであるジスエルさんが頭を下げてくれた。ジスエルさんは以前俺が襲われそうになった時、エルネとアンリからの報告を聞いてくれていた人だ。


「いえ、俺はそこまで気にしていないので大丈夫です。とはいえ、他の男性の駆け出し冒険者だと、あまり声を上げられないかもしれないので、少し大げさに騒いでしまいました。俺の方も大きな騒ぎにしてしまってすみません」


 俺としては女性に触られることは全然問題ないのだが、他の男性は嫌がるだろうからな。とはいえ、ここまで大きな騒ぎにする気もなかったのだが、数の少ない男性冒険者が2人被害にあったということで、大きな騒ぎになってしまった。


 この分だと、臨時教官の方も軽い処罰では済まないかもしれないが、それは自業自得だからいいか。セクハラは駄目ゼッタイなのである。


「いや、それも含めてこの冒険者ギルドの不備だ。先日雇ったばかりの元冒険者である臨時教官が早々に問題を起こしてくれるとはな……本当にすまない」


 改めて頭を下げる副ギルドマスター。ジスエルさんは30代前半くらいの女性で、長身でスタイルも良く、凛とした態度を取っているクールビューティーなイメージだ。


 そしてこの世界にもメガネがあるようで、メガネを掛けている。どちらかというとジスエルさんのほうが女教師っぽいかもしれない。個室で個別授業を受けるのなら、ぜひ彼女にお願いしたい!


「トオル、無事!」


「トオル、大丈夫だったか!」


「エルネ、アンリ、ちょっと落ち着いて! 俺は全然大丈夫だから!」


 ジスエルさんと話をしていると、突然エルネとアンリの2人が部屋に入ってきて、俺に詰め寄ってきた。わざわざ迎えに来てくれた際に、下での騒動を聞いたのかもしれない。


「はあ……エルネ殿にアンリ殿。ノックくらいはしてほしいものだがな」


「冒険者ギルドの女に身体中を触られたんだろ! とりあえずその女をぶっ飛ばせばいいんだな!」


「個室に連れていかれてあんなことやこんなこと……その女どころじゃ生ぬるい! いっそこの冒険者ギルドごと……」


「いや、全然違うから! 2人ともとりあえず落ち着いて!」


「エルネ殿、アンリ殿、詳しく説明するから、まずは落ち着いてほしい!」


 なにやらだいぶ誇張された話を聞いたらしい。


 先ほどまで凛としていたジスエルさんもさすがに慌てている。さすがの副ギルドマスターも現役のAランク冒険者の2人を力尽くで抑えることはできないのだろう。

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