第5話 看板息子
「ああ、まだだよ。もしかしてその子は従業員希望者かい?」
「どうやら街の近くで魔物に襲われて、ひとりになり持ち物も全部失ったらしいんだ。食事と寝る場所も一緒に提供することはできるかい?」
「そりゃあ災難だったね。汚い部屋だが、使っていない部屋もあるし大丈夫だよ。その分日当はあんまり出せないけどね」
「本当ですか!」
「ああ、お兄さんなら綺麗な顔をしているし、短い期間だけれど店のいい看板息子になってくれそうだよ!」
いや、看板息子って……看板娘の逆ってことはわかるけどさ……
「仕事はうちの従業員が戻ってくるまでの1週間で部屋とまかないは出すよ。昼前から店を閉めるまでで、仕事内容は給仕と料理の手伝い。あんたは可愛いから日当はちょっと多めに銀貨5枚でどうだい?」
どうやら1週間という単位はちゃんとあるらしい。そしてこの国で使っている通貨のことはここに来るまでにコニーさんから聞いている。
本当にアバウトで日本円に換算すると、銅貨1枚が100円、銀貨1枚が1000円、金貨1枚が10000円、そして滅多に使用はされないが、1枚で金貨100枚分の白金貨なんて硬貨も存在するらしい。
日当が銀貨5枚ということは約5000円。日本と比べたら少し安いのかもしれないが、何より今は寝る場所と食事が出てくれるだけでなんの文句もない!
「はい、その条件で大丈夫です! トオルと申します!」
「あたしはマーリだよ、よろしく頼むね!」
「それじゃあ私はこれで失礼するよ。森ではぐれたというトオルの同行者がいたら、このヨーグル亭に行くようちゃんと伝えておくからね」
……本当はそんな同行者はいないんだよね。これだけいろいろとお世話をしてくれたのに、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。コニーさんにはまた改めてお礼を伝えに行くとしよう。
「コニーさん、ありがとうございます。本当にお世話になりました!」
「ああ、気にしなくていいよ。これも衛兵の務めだからね」
「なに言ってんだい。トオルがこんなに可愛い男だからいろいろと世話してやっているくせに」
「そっ、そんなことはない!? あっ、いや、トオルが可愛い男なのは否定しないぞ! だっ、だがたとえ女であっても同じようなことはしたからな!」
……えっ、なにこれ。コニーさんが顔を真っ赤にして必死に否定している。
綺麗な年上のお姉さんがこんなに恥ずかしそうに首を振っている姿とか、控えめに言っても最高なんだが!
元の世界では線が細くてまったくモテなかった俺が、この世界では本当にモテるのか!? なんだよ、やっぱり最高の世界じゃん!
「はい、コニーさんみたいな優しい人に出会えてよかったです。また改めてお礼させてくださいね!」
「あ、ああ。それでは失礼する!」
照れているのか、足早にここを離れていくコニーさん。
……この世界なら、ワンチャンお礼は俺の身体とか言ったらダメかな? あんな綺麗で年上のお姉さんにリードしてもらえたら最高なんだけどなあ……
「……まったく、これは悪男になりそうだね」
「はい?」
「いや、何でもないよ。さあ、それじゃあ早速働いてもらうとするよ」
「はい、よろしくお願いします!」
「おお~い、これから忙しくなるんだから、早く仕込みを手伝って……ってその子は誰だ?」
「今日から1週間働いてくれるトオルだよ。こっちはレイモン、あたしの旦那だ」
「初めまして、トオルです」
お店の中に入って、奥の厨房らしき場所で料理を作っていたのは50~60代くらいのおじさんだ。どうやらこの食事処はこの夫婦で経営しているらしいな。
「レイモンだ。代わりの子が来てくれたのか。それにしても、よくこんなに若くて可愛い男の子が来てくれたもんだな」
「どうやらここにくるまでにいろいろとあったみたいでね。仲間とはぐれてお金や持ち物が全部なくなったんだってさ。空いている上の部屋を貸してやっていいだろ?」
「ああ、もちろんだ。そうか、大変だったみたいだね。ゆっくりしていくといい」
「はい、ありがとうございます」
「いい旦那だろ。若いころはあたしを含めたいい女が20人近く狙っていたんだ。こんないい旦那を捕まえられてあたしも運が良かったよ。それに女たらしじゃなくて、あたしに一途だしね」
「すごい! レイモンさんはモテモテだったんですね!」
マジか! いや、男女比が1:9のこの世界ならそんなこともあり得るのか!
「はいはい。調子の良いことを言っていないで、早く準備を手伝ってくれよ」
「分かっているって。トオル、そろそろ店を開けるから、仕事の説明をするよ。おっと、その前にお腹が空いていたんだね。たいしたものじゃないが、うちの店の料理を味わっておくれ」
「ありがとうございます!」
だいぶ歩いたこともあってお腹もペコペコだ。どんな料理であれ、文句なんてあるわけがない。
そのあといただいたこの世界の料理は十分においしかった。もちろん料理自体は元の世界のおいしい料理と比べると数段劣るが、空腹は最高のスパイスとよく言ったものである。
「ほお~似合うじゃないか!」
「ああ、良く似合っているよ!」
「どうもです……」
まかないのご飯をいただいたあとはいよいよ食事処の給仕と料理の手伝いだ。働かざる者食うべからず、まかないもたくさんいただいたことだし、このあとの仕事も頑張らなければならない!
……のだが、男である俺が、なぜか大きなエプロンと付けている。というのも俺が持っている服は白いワイシャツと制服のズボンしかない。仕事中は服が汚れる可能性もあるので、このエプロンを付けたほうがいいと言われた。
いや、その気持ちはとても嬉しいのだが、男の俺にこんな大きなフリフリの付いたエプロンは似合わない気もするんだけど……
「それじゃあ店を開けるから、お客さんを席に案内して注文を取って、飲み物や料理を運んでおくれ」
「はい、頑張ります!」
基本的にはそれほど難しい仕事ではないらしい。バイトの経験がないとはいえ、これくらいなら俺でもなんとかできそうだ。よし、いっちょこの店の看板息子になるべく頑張るとしますかね!
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