第6話 デートの申し込み
「いらっしゃいませ!」
「おっ、おう! びっくりした。んっ、ミーナのやつじゃねえのか?」
「……ミーナはクビ?」
「今日からこちらでお世話になっているトオルです。ミーナさんは怪我をしてしばらく休むそうなので、その間だけお世話になります。こちらのお席へどうぞ」
やってきたのは2人の冒険者の格好をした若い女性たちだ。ミーナさんはここで働いていた女性で、怪我が治るまでしばらく休みをもらっており、俺はその間の代打というわけだ。
これで案内をしたお客さんは5組目になるが、今のところは全員が女性で冒険者だった。どうやらこの店は冒険者御用達の食事処らしい。バイトをしたことがないから、最初は少し緊張したが、多少は接客にも慣れてきた。
「へえ~こんなに若くて可愛い男が入ったのか! それならミーナのやつはずっと休んでいていいな!」
「……うん」
……まあ、食事処の給仕は異性のほうが良い気持ちもよく分かるからなんとも言えない。それにしても、さきほどから何人かのお客さんを相手にしているのだが、このエプロン姿には誰ひとりツッコんでこない。男にフリフリの可愛いエプロンという姿も、この世界では違和感がないらしい。
「この辺りじゃ見かけない黒い髪だな。それにしても本当に綺麗だぜ!」
やはりこの辺りで黒い髪は珍しいようだ。確かに今のところよく見かけるのは金髪か茶髪、それに赤みがかった色の髪が多いらしい。
「ありがとうございます。お客様もとても格好いいですよ」
こちらの女性のお客さんは長身でスタイル抜群のお姉さんだ。このお姉さんは鮮やかな橙色のな髪をポニーテールにしている。
バンドのようなものを胸のあたりに巻いているだけなので、健康的な肩やおへそが思いきり見えている。そして何より、その大きな胸だ! 胸の谷間どころか、今にも服から溢れんばかりの巨大な胸がこれでもかというほどその大きさを強調してくる。童貞男子高校生の俺にとってはなかなか刺激の強い格好である。
「おっ、おう! あんがとよ! お世辞と分かっていても嬉しいもんだぜ。トオルみたいな可愛い男がいるなら、しばらく俺たちもここに通うからよろしくな! 俺はアンリでこっちはエルネだ、よろしく頼むぜ!」
「ありがとうございます。アンリさんにエルネさんですね。短い間ですが、よろしくお願いします」
「……よろしく」
お客さんとはいえ、こんな美人さん2人と知り合いになれるのだから、給仕の仕事も悪くないかもしれない。それにどういうわけか、この世界では女性が多いだけではなく、顔立ちの整った美女がとても多い。それにもかかわらず女性が多いとか本当に天国だな。
ちなみにこちらの世界で女性を褒める場合には、可愛いや綺麗とかよりも格好いいと言われたほうが嬉しいらしい。反対に男性は綺麗とか可愛いと褒められたほうが嬉しいようだ。元の世界とは本当に真逆だよな。
「……エール2杯と今日の日替わり2つ、それとワイルドボアの串焼きを2つお願い」
エルネさんは男性に慣れていないのか、目線を下にしながらもごもごと話している。とはいえ、男性にまったく興味がないというわけではなさそうで、チラチラと俺の方を見てくる。
エルネさんは輝くような金色の髪をツインテールにしている。アンリさんとは異なり、小柄だがすらりとしたスタイルでとても可愛らしい女性だ。2人とも武器や防具を装備しているから、冒険者なのかな。
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
注文を覚えて厨房のほうへ戻る。
「レイモンさん、マーリさん。エール2杯、日替わり2つ、ワイルドボアの串焼きを2つお願いします」
「はいよ! トオル、右奥のテーブルさんにエール2杯よろしく!」
「わかりました!」
俺の仕事はお客さんの注文を取ったり、料理や飲み物を運んだり、食器を下げたりする。それだけの仕事だけどかなり忙しい。実際に働いてみて知ったが、飲食業の店員さんはこんなにも忙しいんだな。
「お待たせしました、エール2杯になります」
「おう、サンキューな」
「相変わらずこの店の飯は値段の割にうめ~ぜ!」
こちらのお客さんのは金髪で長身の若い女性、もうひとりはネコミミとシッポがあるネコの獣人の女性だ。この世界の獣人さんはそこまで毛むくじゃらというわけではなく、普通の人間にネコミミとシッポが付いているくらいの認識だな。
「しかもトオルみたいな綺麗な男がいるってんだから、いつもの飯がもっとうまく感じるぜ!」
「ありがとうございます。1週間だけですが、よろしくお願いしますね」
「マジかよ、たった1週間しかいないのか!? なあトオルちゃん、よかったら今度私とデートしねえか?」
「おい、抜け駆けすんなよ! 良かったら俺ともデートしてくれよ!」
「えっ、えっと……」
マジか、こんな綺麗な女性2人にデートを申し込まれてしまったぞ!? どちらの女性もかなり可愛いし、できるならどっちともぜひお願いしたい! しかしこういう時はどちらかを選ばなければいけないのだろうか? 別の日にデートすればいいのだろうか?
くそっ、元の世界で女性と付き合った経験のない俺にはこういう時にどうしていいか分からない! 陽キャのみんな、オラに知識を分けてくれ!
「こら、馬鹿なこと言っているんじゃないよ! 女2人に迫られてトオルが困っているだろう」
俺が2人に迫られていると思われて、店の奥からマーリさんが助けに来てくれた。でも違うんだ、モテなかった俺が2人同時にデートを申し込まれて嬉しいだけなんだ。
「トオルも気を付けなよ。こいつらの頭の中なんて男とヤることしか考えていないんだからね。女に誘われたからって簡単についていくものじゃないよ、すぐに襲われてしまうからね」
……ごめん、マーリさん。俺の頭の中も女とヤることしか考えていないかもしれない。思春期の男子高校生なんてそんなもんなんだよ。むしろ簡単について行って襲われたい!
「ばっ、馬鹿なこと言うなよ! 俺たちみたいな淑女的な女が男性を襲うわけがねえだろ!」
「ああ! 私たちほど淑女的な女はめったにいないぞ!」
淑女的ってあれかな、紳士的の反対みたいな意味か。
「はん、淑女とは笑わせてくれるよ。ただ処女なだけだろう?」
「「おいいいいいい!?」」
お、おう……マーリさんは容赦ないな……
いきなり2人が男性経験がないことをバラしたぞ……
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