第2話 異世界転生


「……あれ、生きてる?」


 俺の頭の中にある最後の記憶、それは高校から家へ帰る時に、目の前に巨大なトラックが突っ込んでくる光景だった。


 そのあとの記憶はないが、あったとすれば、それはただ苦痛な記憶となっていたはずだからそれはいい。問題はなぜ今俺が何の怪我もなく、ここにいるかだ。そもそもこの真っ白な空間はなんなんだ?


「残念ですが、あなたはすでに死んでおります」


「うわっ!?」


 何気なく呟いた独り言に後ろから反応があった。振り向くとそこにはとても美しい女性が立っていた。


 燃え盛るような炎が結晶化した宝石みたいな赤い瞳、長くウェーブのかかった光り輝く金色の髪、比喩ではなく本当に光り輝いており、ギリシャ神話とかに出てくるような真っ白いドレスを着ている。


 そのあたりのグラビアに載っているモデルなんて比較にならないほど整った容姿……そして何よりその豊満なバスト! 女性との経験がない俺には何カップかだなんて分かるわけないが、とにかくデカいことだけは一目でわかる。


 しかし、目の前にいるそんな絶世の美女よりも気にしなければいけないことが俺にはあった。


「死んだ!?」


「はい。桐生透きりゅうとおる享年17、交通事故によって即死だったようですね」


「マジか……」


 やっぱり俺はトラックに轢かれて死んでしまったのか。となるとここは死後の世界……そして目の前にいるのは女神様ということになるのか?


「私はこの世界を管理する者となります。あなたの世界でいうところの神様といったところですね」


 やはりこの美しい人は女神様のようだ。なぜだろう、完全に非現実的なのに、これが夢ではないとなぜか感覚で理解できてしまう。


「本来ならば、死んでしまったあなたの魂は元の世界の輪廻へと戻り、記憶を失って新しい生を歩むこととなります。ですがあなたの魂はとても特別なため、今の記憶を持ったまま別の世界へと転生することが可能なのです」


「おおっ!」


 これ知ってる! アニメとかラノベでよく見かける異世界転生というやつだ!


 最近では死んだら三途の川を渡ったり、極楽浄土に行くよりも異世界転生したいと思っている人のほうが多い気もする。


「……あの、元の世界に生き返らせてもらうことはできないんですか?」


 とはいえ、俺は元の世界に未練がある。彼女ができたことはなかったが、両親だっているし、高校で仲の良い友人だっている。異世界に興味がないとは言えないが、できることなら元の世界に生き返りたい。


 すると女神様は悲しそうな顔をして、首を横に振った。


「残念ですが、あなたを元の世界に生き返らせることはできないのです。本当に申し訳ございません……」


「そうですか……」


 本当に申し訳なさそうな顔をして頭を下げる女神様。予想はしていたが、やはり元の世界に生き返ることはできないらしい。


「で、ですが、あなたが転生できる世界はとても素晴らしい世界ですよ! あなたの世界よりは少し文明が落ちてしまうのですが、あなたの世界にはない魔法というものが存在します。もちろんあなたも魔法が使えるようになります!」


「……それは少し魅力的ですね」


 選択肢は俺という存在が消えて元の世界の輪廻に戻るか、この女神様のいう別の世界とやらに転生することだけらしい。


 魔法のある世界か……俺もいわゆる異世界ものというアニメや小説を読んできたから、ファンタジーの世界というものには多少の憧れがある。でもなあ、元の世界ではひ弱でモテない俺が異世界に転生したとしてもなあ……


「それにあちらの世界では女性の数がとても多く、男性と女性の割合は1:9なので、大体の男性が無条件でモテモテなんですよ!」


「えっ!?」


 男性と女性の割合が1:9!? つまり10人のうち男がたったひとりで、男が少なくて圧倒的にモテやすい世界ってことか!


「透さんの世界とは異なり、男性が少ないために女性はより積極的な性格になっており、反対に男性はより慎み深い性格となっております」


 ……なるほど、女性のほうが多い世界のため、女子は肉食系になって男子は草食系になっているみたいな感覚なのかな。


「透さんは線が細くて可愛らしい顔をしているので、あちらの世界の女性にとても好まれると思いますよ」


 元の世界ではあまり筋肉がつかずに線が細くて女っぽいと言われていた俺も、向こうの世界ではモテるってことか!?


「それにあちらの世界では重婚も可能なので、何人もの女性と結婚することができます。エルフや獣人や亜人などといった、こちらの世界にはいない種族もたくさん……」


「俺、異世界に転生します!」


 つい女神様の話を遮ってしまったが、そんな天国のような異世界に転生させてもらえるなら大歓迎だ!


 そっちの世界ならこんな俺でも童貞を捨てるどころか、ハーレムを作れる可能性まである。もうひとつの選択肢は俺にとって死ぬことと同じだし、このビックウェーブには乗るしかない!


「……承知しました。それでは透さんを別の世界に転生させていただきます」


「あっ、でも言葉とかって通じるんですか? それにいきなり異世界に行っても、すぐに死んじゃいそうで……」


「ご安心ください。言語理解スキルがありますので、言葉は問題なく通じます。他にも読み書きができるスキルと、回復魔法を使えるスキルなどの便利なスキルを使えるようにしてお送りしますね」


 よかった、どうやらある程度のスキルなんかはもらえるみたいだ。少なくとも回復魔法を使えれば仕事に困るようなことにはならないだろう。


 それにもしかしたらその中にはチートスキルなんかもあるかもしれない。冒険者になって無双して、ハーレムを作るのは男の夢だよな、うん!


「はい、ありがとうございます」


「それでは契約は成立です。それでは透さんの次の人生に幸多きことをお祈りします!」


 美しい女神様が両手を握りしめて祈りを捧げると、俺の立っていた場所に魔法陣のようなものが現れて光り輝き始めた。


 詳しい説明は異世界に行ってからしてくれるのかな? それにしても、男性が少なくてモテモテになれる世界か。いったいどんな世界なのだろう。夢がとても広がるな!


「……はあ~これでなんとか今月のノルマはクリアできたわね。こんな条件の悪い案件が回ってきた時はどうなることかと思ったけれど、ギリギリで何とかなってよかったわ」


「………………はあ?」


 いきなり女神様の態度や言葉遣いが豹変して、どこからか出てきた椅子に雑にドカッと座り始めた。


「言質を取れて良かったわ。あなたも災難だったわね。私たちにも月のノルマがあるから勧誘も頑張らなくちゃいけないのよ」


 言質、ノルマ、案件、勧誘……この女神様が何を言っているのか分からない。だがひとつだけわかるのは何かがおかしいということだ。


「……俺を騙したのか?」


「ああ、安心して。別にさっき言ったことは嘘じゃないわ。あんたみたいな男がモテる世界だし、回復魔法や言語理解スキルなんかもちゃんと使えるようになっているわよ」


 良かった、どうやら騙されたわけではなかったらしい。とんでもない世界にこの身ひとつで飛ばされるのかと思ってかなり焦ったぞ……


「ただひとつだけ問題があるのは、様々な便利スキルと一緒にひとつだけ強力なもセットで付いてくることね」


「騙されたあああああ!」


「これから契約するときはちゃんと詳細を確認してから決めたほうがいいわよ」


「うぐっ……」


 確かに異世界の詳細や能力の詳細について聞かなかったのは俺の落ち度だ。しかし、こんなの詐欺だろ!


「男性にとってどんなに素晴らしい世界でも、あんな呪いと一緒じゃ誰もこの世界には転生したがらないから、あんたが契約してくれて本当に助かったわ!」


「ちょっと待て、呪いってどんな呪いだよ!」


「それは自分の身をもって体感しなさい。一応その呪いを解く手段もあるらしいから頑張ってね~♪」


「くそったれ!」


「あっ、ちなみにそっちの世界に行ったあとは私の担当外だし、なんならすぐに死んじゃっても構わないわよ」


「おまえマジで性格最悪だな!」


 美しい女神なのは外見だけだった。中身は最低最悪のクソ女神だ!


 クソ女神に詰め寄ろうとするが、魔法陣からは透明な謎の壁が発生しており、魔法陣の外に出ることはできなかった。


「それじゃあせいぜい頑張ってね~♪」


「このクソ女神! 今度会ったら、絶対にそのバカでかい乳を揉みしだいてやるからなああああ!」


 俺の心からの叫びは虚しく、魔法陣の光がさらに増し、俺の意識がゆっくりと消失していった。

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