第44話 罠


「こちらへどうぞ」


 村長であるモルガナさんが盗賊たちを村の中へと引き入れる。


「へへっ、どんな男か楽しみだぜ」


「今日はアジトに戻って宴会だな」


 それにしても見事な演技だ。盗賊たちに怯える様子を見せつつも、所定の落とし穴の位置へ盗賊たちを誘導していく。今のところは盗賊たちに疑われている様子もないようだ。


「むっ……ちょっと待て!」


「……っ!?」


 緑色の髪をした女盗賊たちのボスが前を行く他の盗賊たちを呼び止める。


 バレたのか!? いや、そんな馬鹿な!


 あの落とし穴はそう簡単にバレるような罠ではない。昨日村の人たち総出で作った30メートル四方、深さ2メートルの巨大な落とし穴に何か所かに支えを置き、その上に板を載せてから土をかぶせて地面のカモフラージュをした特別な罠だ。


 魔法によって板と支えが強化されているため、盗賊たちがその罠の上に乗っても落ちることはなく、合図と同時に強化を解くことによって、そこに乗っていた盗賊たちを落とす手筈となっていた。


「お頭、どうかしたんですか?」


「別に何もおかしなところはなさそうですが」


 現に他の盗賊たちはその落とし穴に気付いていない。お頭だけが何かに気付いたようだ。


「……分からねえが何かあるな。おい、おまえ。ちょっとその辺りに何かないか探してみろ」


「へ、へい」


 ボスが手下の女盗賊ひとりを先行させる。落とし穴に気付いたというわけではないが、何か違和感に気付いたようだ。


「ちっ……そう簡単にバレるような罠じゃねえんだけどな」


「あいつが罠を看破できるスキルを持っているのかも」


 そんなスキルがあるのかよ。とはいえ、魔法がある異世界だから、そんな能力があっても不思議ではないか。


「もしも罠が見破られたら、予定通りそこが開戦の合図で良いんだよね?」


「ああ、その場合は号令と共に一斉に攻撃開始だ」


「了解」


 一応罠が見破られた時のことも考えてある。その場合には罠がバレた瞬間に、アンリの号令により一斉に盗賊たちへ攻撃を仕掛ける。


 俺たちと同じように家の陰に隠れている他の村人たちもアンリを見ながら、その号令を待っている。


「……別におかしな場所はないみてえですよ。んっ、いや、なんだこれ。土の中に木の板が……」


 先行して進んでいた女盗賊が周りに何もないことを確認していたが、そのあと地面に違和感を持ったのか、土を掘って罠の一部がバレてしまった。


「今だ、撃てええええ!」


「うおおおおお!」


「おりゃあああ!」


 アンリの号令により、家の陰に隠れていた村人による弓矢と投石器による一斉攻撃が盗賊たちを襲う。俺も投石器によって石を思いっきり投げた。


「ぐわっ、なんだ!?」


「ちっ、敵か!」


「ぎゃああ!」


 弓や投石の一部は女盗賊たちに的中するも、その大半は盗賊たちを仕留めるには至らなかった。やはり敵も戦闘経験のある盗賊、奇襲したはずの投石を弾き落としたり、盾で防御をする。


「……俺たちに歯向かうとはいい度胸だな! 野郎ども、ブッ殺してやれ!」


「よくもやりやがったな! 後悔させてやるぜ!」


「女どもは皆殺しにしてやる! 男は死ぬまで犯してやるから覚悟しておけよ!」


 盗賊たちもこちらの飛び道具に対する備えをしていたようで、大きな金属製の盾を前面に出してきた。くそっ、さすがにあの盾があると、これ以上弓矢や投擲では盗賊たちにダメージが与えられない。


「よし、それまでだ! 一旦攻撃を止めろ!」


 アンリの合図でこちらの攻撃が止む。これ以上の弓矢と投擲では大きなダメージを与えられないという判断だろう。今の一斉攻撃で敵の2割ほどは戦闘不能となっている。


 しかし、惜しい。2メートルの落とし穴に全員を落として、上から一斉攻撃をすれば、盗賊たちの大半は倒せたはずだったのに。


 そしてアンリとエルネとデジテさんが堂々と盗賊たちの前へと歩みを進める。盗賊たちの一部を倒したとはいえ、まだ相手は40人近くいるが、これ以上は3人の戦いの邪魔になってしまう。


「……村のやつらに変なことを吹き込んだのはてめえらみてえだな。この村のやつらじゃねえみてえだが、何者だ?」


 背中に背負った巨大な斧を振り、弓と投石を無傷で防いだボスがみんなへ向かって斧を向ける。


 先ほどみんなはボスのことを大したことがない相手だと言っていたが、あの弓矢や投石を無傷で防いでいたし、少なくとも俺以上に強いことは間違いない。


「たまたまこの村に立ち寄った冒険者だぜ。てめえらも運がなかったな!」


「今投降すれば命だけは助けてあげる!」


「そうだね、大人しく投降することをお勧めするよ」


 40人もの盗賊たちを前に立ちふさがる3人。


 ヤバい、とても格好良すぎる! 完全に物語の主人公の立ち振る舞いだ。こんなん惚れてしまうだろ!


「おいおい、こいつら馬鹿じゃねえのか?」


「この人数差が分からねえみてえだな。そういや前にも村にいた雇われ冒険者をブッ殺したことがあったな」


 前に出てきたのがたったの3人ということが分かり、盗賊たちが完全に舐めた様子で3人に近付いていく。


「……ったく馬鹿が。おい、さっさと下がれ」


「お頭、こんな冒険者ごとき俺たちだけで十分だぜ」


「へっへっへ、おら行くぞ!」


 ボスの言うことを聞かずに、みんなを完全に舐めている盗賊たち4人がアンリたちに向かって襲い掛かっていく。


「ふべらっ!?」


「いぎゃああ!?」


 そのうちの2人はアンリが一振りした大剣の腹の部分により盗賊たちの方へと吹き飛ばされた。その人間砲台はギリギリのところで盾により防御した盗賊に阻まれたが、その2人は腕や足が完全に変な方向に曲がっているし、戦闘不能なことは間違いない。


 そしてもう1人はデジテさんの双剣によって、最後のひとりはエルネの風魔法によってそれぞれ別方向へ吹き飛ばされた。


 残念ながら彼女たちはただの冒険者ごときなどではない。

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