第12話 冒険者


「マーリさん、レイモンさん、本当にお世話になりました」


 ヨーグル亭で働き始めてから7日間が過ぎた。今日からこのお店の元々の従業員であったミーナさんが復帰する。


「礼を言うのはこっちのほうだよ。トオルのおかげでだいぶ新しい客が増えた。少しだけでもこのまま手伝ってくれるのは本当に助かるよ」


「ああ、トオル目当てのお客さんも来てくれるようになったし、もう仕事も完璧に覚えてくれたしね。できればずっと働いてほしいんだけれどね」


 マーリさんとレイモンさんの厚意でこのお店の2階の部屋を引き続き使わせてもらえることになった。それに加えて朝晩2食もまかないを出してもらえる。その代わりに夜の忙しい時間帯だけはお店を手伝うわけだ。


「ありがとうございます。そう言っていただけてとても嬉しいんですけれど、俺にはどうしてもやらなければならないことがあるんです!」


 持ち物もない、お金もない状態でこの街に放り出された時に手を差し伸べてもらい、2人には本当にお世話になった。このままこの店で働き続けたいところだが、俺にはどうしてもやらなければならないことがある!


 そう、この呪いを解いて女の子とエロいことをしてやる!


 ……うん、絶対に口には出せないね。


「男で冒険者になるのはとてもじゃないが勧められないんだけれどねえ……」


「トオルの決めた道だよ。大変だろうけれど、応援しているから頑張んな」


「はい、頑張ります! それに夜はこのままお世話になりますから」


 これからどうするかについてはいろいろと考えた。俺の目的は王都にいる教皇様へなんとか謁見して、この女性に対して興奮すると頭痛を引き起こすこの呪いを浄化魔法で解いてもらうことだ。


 そしてそのためには大金、あるいは名声が必要となる。さすがにこの国の教会のトップが普通の人に浄化魔法を使ってくれるわけがない。王都の教会に出向いたところで、門前払いが関の山だろう。


 そこで俺が出した結論は冒険者になるということだ。この世界での冒険者という存在は、危険はあるがその分見返りのある職業らしい。理想は危険がなくて高給取りである教会で、回復魔法を使って患者を治療してお金を稼ぎたかったところだが、強力な呪いを持った俺はお断りのようだ……


 安全な他の仕事でお金を稼いでいると教皇様に会えるまでとてつもない時間が掛かってしまいそうだ。……いや、一生かかっても無理かもしれない。


 それならばたとえ命の危険があったとしても、この呪いを解くために俺は命を懸ける覚悟がある! というか、こんな呪いにかかったままなら死んだ方がマシだ!


「トオルはどこか危なかしいところがあるから気を付けるんだぞ。無茶だけは絶対にするんじゃないよ」


「はい!」


 マーリさんはぶっきらぼうな物言いだが、いつも俺を心配してくれて気にかけてくれていた。レイモンさんは最初笑顔を見せずに不愛想な雰囲気だったが、時間が経つにつれて徐々に打ち解けてきた。


 給料は1日銀貨5枚で、7日間働いて金貨3枚と銀貨5枚だったところを、新しいお客さんがたくさん来てくれたからと言って、金貨5枚も渡してくれた。それに服の分のお金まで出してくれたし、お世話になりっぱなしだ。


 これ以上2人に心配をかけるわけにはいかない。冒険者になるとはいえ、命を大事にしていかないといけないな。






「……さて、いよいよか!」


 俺の目の前には大きな建物がある。元の世界では見たことのない文字がこの建物の看板に書かれているが、なぜか俺には冒険者ギルドと書かれていることが理解できる。


 いよいよ今日から俺の冒険者人生が始まるのだ!


 カランッカランッ


 冒険者ギルドの扉を開けると、ドアの上についた鐘の音が鳴り響く。中にいた冒険者らしい格好をしている女性冒険者達が俺のほうを見る。やはりこの世界では男性が珍しいため、多くの視線が俺へと集まった。


「おっ、見かけねえ顔だけれど、男の冒険者なんて珍しいな!」


「あれ、あの男の子って噂になっていた飯屋の給仕じゃねえか?」


「あ~あ、あんな綺麗な男がうちのパーティに入ってくれりゃあ最高なんだけれどな!」


 俺を見た女性冒険者たちがあちこちで俺の話をしている。これまでにヨーグル亭で集めた情報によると、ただでさえ男性の少ないこの世界で、あえて命の危険のある冒険者になる男はほとんどいないようだ。


 そもそもこの世界では、力は女性の方が強く、男性は職に困ることはほとんどないそうだから、あえて条件の厳しい冒険者になるのは馬鹿げたことらしい。しかし、今の俺に条件を選んでいる暇はない。一刻も早くお金を得なければならない!


 とはいえ、戦闘経験などない俺が、まともに一から冒険者を始めたところで、王都までの旅費を稼ぐだけでも相当な時間が掛かってしまう。そこでちょっとした裏技を使うことにした。


「おはよう、トオル。こっちだよ!」


「おっす!」


「おう、おはよう!」


「ルナさん、ミーニさん、メラルさん、おはようございます。すみません、少し遅れちゃいました」


「気にすることねえよ、俺たちも今来たばっかりだ」


「そうそう!」


 冒険者ギルドの依頼ボードの前には3人の女性冒険者が俺を待っていた。彼女たちはヨーグル亭で知り合った冒険者たちである。


 この街では呪いを浄化できないと分かってから、俺も食事処でただのんびりと働いていたわけではない。しっかりと日々の仕事をこなしつつ、冒険者の情報を集めたり、ナンパをしてくる人たちへ冒険者に憧れていると言って、ド素人の自分がパーティに参加できないかを打診してみた。


 幸い回復魔法が使えるだけで、冒険者としての需要はそこそこあり、この世界にはレベルのような概念もないため、かなりの女性冒険者たちが手を挙げてくれた。


 まあ異性に頼られて格好いいところを見せたい気持ちは、元の世界で男だった俺には十分過ぎるほどにわかる。むしろ異性に頼られたほうが嬉しかったりもするもんな。


 そう、俺は冒険者になって、姫プレイならぬ殿プレイでお金を稼ぐのだ!

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