第39話 御者
「さっきの女はトオルの知り合いか?」
「うん。この街に初めて来た時、本当にお世話になったんだよ。みんなのと出会えたのも、ヨーグル亭を紹介してくれたコニーさんのおかげでもあるんだよね」
門番をしていたコニーさんと別れ、いよいよオリオーの街を離れてコーデリックの村へと向かう。
「まったく、なんで僕が御者をしなくちゃいけないんだか」
この馬車はそれほど大きな馬車ではなく、乗れても5~6人くらいが限界だ。片道が2日くらいなので、そこまで立派な馬車や御者を雇う必要まではないというみんなの判断である。
今回の旅にはアンリとエルネだけではなく、デジテさんもついてきてくれる。コーデリックの村にいる俺の呪いを解けるかもしれない女性と知り合いなのと、呪いや魔道具に詳しいBランク冒険者なので、とても助かる。それと単純に綺麗な女性が旅に加わるのは大賛成だ。
「すみません、デジテさん。俺が御者をできれば良かったんですけれど……」
本来ならば雑用係の俺が馬車の御者をすべきなのだが、当然馬に乗ったり御者をした経験なんかはないから、デジテさんが御者をしてくれている。
「いやいや! さすがの僕でも、男のトオルにそんなことはさせられないよ!」
「トオルが御者なんかしたら、たくさんの盗賊たちに狙われそう」
「確かにな。トオルみたいな男が御者なんかしたら、狙ってくれと言ってるようなもんだ」
「………………」
どうやらこの世界では御者は男性の仕事ではないし、男性が御者をしていると盗賊に狙われやすくなるらしい。
とはいえ、今回の旅路の費用もみんなが出してくれているわけだし、俺だけ何もしないのもなあ……
もしかしたら今後は御者をすることがあるかもしれないし、馬車へ乗っている間は暇らしい。せっかくならこの時間に御者の仕事を教えてもらうとしよう。
「デジテさん、今後御者をする機会もあるかもしれないし、もしよければ御者の仕方を教えてくれませんか?」
「そ、それはつまりトオルが隣の席に座って、密着するということだね! もちろんだよ、手取り足取り腰取り教えてあげるよ!」
いや、腰取りってなんだよ……
「そ、それなら俺が教えてやるぜ! デジテ、さっさとその場所を変われ!」
「私が教える! 早くそこをどいて!」
「僕に御者を押し付けたくせに何を言っているんだい! この場所は絶対に譲らないからね!」
ひとり増えただけで何とも賑やかなパーティになったみたいだ。
結局、御者のやり方は3人から順番に教わった。途中でデジテさんがセクハラをしてきて2人に馬車から叩き下ろされたけどね。セクハラといっても、密着して尻を撫でられただけだから、全然構わないんだけれど。相変わらず男の尻のどこに需要があるのかはサッパリだ。
「ふう、予定通り無事に到着。今日はこの川の辺りで野営」
特に大きな問題は起こらず今日の予定していた野営の場所へと到着した。
馬車の旅も最初は新鮮な景色に感動したり、御者のやり方を教えてもらったりしてとても楽しかったのだが、後半になるとだいぶ飽きてきてしまった。それと柔らかいクッションのようなものがないので、身体中がガチガチだ。
「手分けをして準備しようぜ。俺とデジテはテントでエルネは魔法で水と火の準備を頼むぜ。トオルは夜食の準備を頼む」
「了解したよ」
「了解」
「うん、了解」
それぞれに分かれて野営の準備をする。俺の方は夜食の準備だ。昼間は俺が朝作ったサンドウィッチを食べたが、デジテさんにも好評だった。みんなにはいろいろとお世話になっているし、食事くらいは頑張って作るとしよう。
「うわっ、なにこれ、とってもおいしいよ!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると頑張った甲斐がありますよ」
今日の晩ご飯は肉を多めに入れた鍋だ。野営する場所には綺麗な川があると聞いていたからな。味付けは元の世界の味付けを再現している感じだが、気に入ってくれたようで何よりだ。
「相変わらずトオルの作ってくれた飯はうめえよな。野営でこんなにうまい飯が食えるなんて最高だぜ!」
「男性の手料理を食べられるだけで幸せ」
「本当にトオルはいい婿になるよ! どうだい、僕と結婚して幸せな家庭を――へぶっ!」
「寝言はいいから大人しくしてろ」
「このまま永眠させてもいい」
「いや、結構本気で言っているんだけれどなあ……」
そんなことがありつつも、無事に食事を終えた。この世界だと火魔法や水魔法が使えると野営の時には本当に便利だな。
「……問題はどう寝るか」
食事の片付けを終えて、今日はもう就寝となる。この世界では明かりのない夜に移動をするのはかなり危険な行為となるから、基本的には日が暮れればすぐに寝て、次の日の朝早くから移動を開始する。
普通野営をするときには2人組の見張りを置くことが普通なのだが、様々な魔法を使えるエルネが気配を察知する魔法を使うことができるらしい。この魔法があればある程度の大きさの生物が周囲に近付いただけで察知できるようだ。
見張りを置かなくてすむのはとても助かる。そして馬車の横に4人が楽に入ることができる大き目のテントを立ててくれたのだが、どのように寝るかが問題らしい。
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