第35話 近い距離


「おっと、すまない! 不用意に男性に近寄り過ぎてしまった。本当に申し訳ない」


「い、いえ。それは全然大丈夫です!」


 俺が頭痛で顔をしかめたことを嫌だったと勘違いしたようで、俺から少し距離を置くジスエルさん。


 いや、違うんだよ。頭痛がするということはジスエルさんが魅力的で、俺が興奮しているという事実なんだ。胸当てがあって良かった。これがシャツ1枚だったら、頭痛も今の比なんかではなかったはずだ。


 こちらの世界の男性は元の世界の女性が男性の胸に興味がないように、女性の胸にはまったく興味がないらしい。そのため、こちらの世界の女性は胸に対する防御がなさすぎる。


 それこそ上半身裸で外を歩き回ったり、今のジスエルさんみたいに無防備に男の俺の背中に胸を押し付けてくるんだよね。しかもそれは完全に無自覚なので、それはさながらスカートがめくれてしまっているのに気付いていない女性を覗き見ているような、何とも言えない罪悪感がある。


 まあ、罪悪感があったところで、興奮してしまうことには変わりないんだけどね……


「いや、ただでさえトオルくんは二度も女性に対して嫌な事件があった直後だというのに、これは私の配慮が足りていなかった。本当にすまないことをした」


 ジスエルさんが頭を下げてくる。いや、むしろご馳走様でしたと言いたいくらいなのだが。


「本当にまったく気にしていないので大丈夫ですよ。ほら、ジスエルさんにならこれだけ近付いても全然平気ですから」


「んなっ!?」


 ジスエルさんに近付いても全然大丈夫だということを証明するために、ジスエルさんの間近に近付いたところ、ジスエルさんがとても驚いた顔をして後ろに飛び退いた。


「ななな、何をしているんだ、トオルくん! い、いくらなんでも、君のような綺麗な男性がそう不用意に私のような女性にそこまで近付いては駄目だぞ!」


 顔を真っ赤にしながら、慌てふためいているジスエルさん。


 さっきまで真面目で凛としていたクールビューティーなジスエルさんが、顔を赤くしてこれだけ取り乱している姿はとても可愛らしい。綺麗な女性なのに、あまり男性に免疫はないのかな。


「すみません。でも、俺はジスエルさんに近付かれても全然平気ですから。なんだったらもう一度試してみても――」


「わ、分かったから! と、とりあえずちょっと待ってくれ!」


 俺が近付こうとすると、また取り乱しながら距離を置くジスエルさん。


 ……うん、さっきのジスエルさんが可愛かったので、今のはちょっと俺も悪戯心が芽生えてしまった。さっきの訓練中とのギャップがこれまた素晴らしかったんだよね!


「まったく、そんなに無防備だと女性に襲われても仕方がないぞ……」


 うっ……確かに昨日の臨時教官はともかく、ルナさんたちの件は俺が男として無防備過ぎたのも原因だったかもしれない。


「すみません、ジスエルさんが可愛らしかったので、ちょっと悪戯したくなっちゃいました。ごめんなさい、ちょっと反省します」


「かわっ……!? ま、まったく……本気で天然にも程があるぞ……」


 あっ、やべ。この前までずっとオタサーの姫をやっていたから、ついつい女性に対して褒める言葉を伝えるのが当たり前となっていた。でもジスエルさんが可愛いというのは本当の話だから別にいいか。


「も、もう休憩はいいな! それでは続きを始めるぞ!」


「はい!」


 照れを隠すように訓練を再開しようとすジスエルさん。


 ジスエルさんは俺よりもひとまわり年上だが、全然魅力的に見えるし、同い年くらいのアンリやエルネとは異なり、大人の魅力というものがある。これは俺も気を引き締めないと、訓練中に欲望を抑えきれなくなる可能性も高い。気をつけるとしよう……




「よし、今日はこれくらいでいいだろう。思ったよりもすぐにDランク冒険者へ上がれそうだし、私も少し安心したぞ」


「はあ……はあ……本当ですか、それは嬉しいです。でも、それはジスエルさんの教え方のおかげですよ」


 息を整えながら体力の回復を図る。


 実際のところ、俺も今日一日だけでだいぶ動きが良くなったと思っている。ジスエルさんは俺の限界ギリギリの力を見定めて攻撃を仕掛け、俺がそれを防ぐのはかなりためになった。


 その分めちゃくちゃ疲れたから、明日は筋肉痛になること間違いなしだけれど。


「そう言ってもらえると、こちらも指導をした甲斐があるというものだ。……それに教えるということなら、間違いなくギルドマスターよりも私の方が適任だろうからな」


「そういえば、ギルドマスターはどんな人なんですか?」


 ジスエルさんの言葉でふと気付いたのだが、そういえば他の職員さんや副ギルドマスターのジスエルさんには出会ったけれど、まだこの冒険者ギルドのギルドマスターには会ったことがなかった。


「……強さだけなら間違いなく私よりも遥かに強い。ただまあ、少し変わった女性であることも否定はできないな」


「な、なるほど……」


 さすが冒険者ギルドマスターということだけあって、ジスエルさんよりも実力はあるようだ。


 う~む、どんな人か気になると言えば気になるな。

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