第33話 交渉
「――というわけだ。本日ギルドマスターはいないが、この件については私の権限によって、その臨時教官はすでに解雇することとなった」
とりあえずアンリとエルネが冒険者ギルドの部屋に突入してきたところを何とか落ち着いてもらって、ジスエルさんが先ほどの臨時教官の件について説明をした。
ついでになんで2人が俺を心配してここにいるのかと聞かれ、先日の件があってまだ先だが、今後2人のパーティにお世話になる予定だということも説明もしておいた。
「そういうわけだから、そこまで変なことはされていないからもう大丈夫だよ」
「首にするだけじゃ甘いんじゃないのか? 衛兵に突き出してやればいいのによ」
「残念ながらあれくらいでは大きな罪にはならない。以前の冒険者パーティの時とは違うからね」
まあ、男を襲ったわけでなく、お尻を触ったくらいのセクハラだからな。むしろそれで臨時とはいえ、冒険者ギルドの教官という職を失うんだから、少し可哀そうな気もしなくはない。
いや、ランドンみたいに泣き寝入りしてしまう駆け出しの男性冒険者もきっといるわけだ。この世界だと女性の方が強いから男性が何も言えなくなってしまうことも多いだろうし、同情の余地はないか。
「……その女の名前と住所を教えて」
「す、すまないがそれを教えることはできないんだ」
うん、さすがに今のエルネには教えられないよな……
もし教えたら、本気で今から凸りに行きそうで怖い……
「トオルくんには本当に申し訳ないことをした。お金で済むような問題ではないが、こちらは慰謝料のようなものだ。どうか受け取ってほしい」
そういうとジスエルさんはジャラジャラと硬貨の入った袋をこちらに差し出してきた。
俺としても尻を触られたくらいでそこまで大きな問題にする気もなかったが、くれると言うのならいありがたくただいておくか。正直に言って、今はお金が必要だというのは事実だからな。
「それではありがたく――」
「おいおい、さすがにそいつは少なすぎるんじゃねえか?」
「トオルのような若い男性冒険者に一生モノのトラウマを植え付けた罪は重い」
俺がジスエルさんの差し出したお金を受け取ろうとしたところで、なぜか2人から待ったがかかった。
というかエルネ、さすがに一生モノのトラウマは言い過ぎだ。特に2人は俺が男女の貞操が逆転した世界から来たことを知っているので、俺が尻を触られたくらいで特に何も感じないことを知っているはずなのに。
「……もちろん今後トオルくんにはいろいろと便宜を図らせてもらおう。少なくとも今回のようなことが起きないよう、最大限に配慮させてもらう」
「それもいいけれどよう、どうせならトオルの冒険者ランクを上げてくれねえか?」
「どちらにせよ私たちが同じパーティにいる限り、トオルには怪我をさせるつもりはない」
ああ、そういうことか。今はお金よりも俺の冒険者ランクを上げるほうが優先される。そちらのほうでなんらかの優遇的な措置を引き出そうというわけだな。
「……申し訳ありませんが、いくらAランク冒険者であるお二人がご一緒であったとしても、本人の実力が伴っていない状態で冒険者ランクを上げることはできません。今はお二人がいたとしても、今後どうなるかはわかりませんし、トオルくんだけで行動することもあるでしょう。なにより、自身の過信ほど怖いものはありません」
「「うっ……」」
確かにこればかりはジスエルさんが言っていることのほうが正しいかもしれない。特に俺はスキルや魔法による攻撃手段を持たないから、きちんとした自衛の手段は必要になる。
「なるほど、トオルくんは冒険者ランクを上げることを優先したいのですね。……でしたら、トオルくんがDランク冒険者に昇格するまで、私が個別的にトオルくんを教えるというのはいかがでしょうか?」
「えっ!?」
「私も元はBランク冒険者で、この冒険者ギルドに勤め始めた当初は教官もしていたので、人に教えることには慣れております。もちろんトオルくんがよろしければというお話ですが」
ジスエルさんが教える側としてどれほど有能なのかはわからないが、この冒険者ギルドの副ギルドマスターを勤めているわけだし、普通の教官よりも優秀なのだろう。
それに普段の訓練場では教官が数人に対して、指導をしてもらう駆け出し冒険者の数は多いので、付きっ切りの個人指導をしてくれるのなら、冒険者としての実力を身に付ける効率は遥かに高くなるだろう。
「はい、ぜひお願いしたいです!」
「それは良かったです。アンリ殿とエルネ殿もそれでよろしいでしょうか?」
ジスエルさんが話を2人に振ると、アンリとエルネは部屋の少し離れたところで相談すると言って席を立った。
(お、おい、どうするエルネ。簡単に冒険者ランクを上げてもらえるかと思ったら、なんだか面倒くさいことになったぞ!?)
(結果としてはトオルの実力も身に付くし、ランクが上がるのも早くなるから、これはこれであり。だけど問題は個別指導をしている間に、副ギルドマスターにトオルがなびかないかが心配……)
(副ギルドマスターは独身だが、真面目な性格だし、なによりトオルよりもだいぶ年上だろ。さすがに大丈夫じゃねえか?)
(ああいう真面目な性格の女性ほど、一度タガが外れると危ない。それにトオルはどんな女性がタイプなのかまだ分からない)
(……とりあえず提案自体は悪くねえし、トオルを強くしてもらいながら、頻繁に様子を見に来るのがいいか)
(……わかった、とりあえず様子を見よう)
「ああ、分かった。それでよろしく頼むぜ!」
「トオルをよろしくお願いする」
そんなわけで、俺は明日から副ギルドマスターのジスエルさんによる個別指導を受けることになった。
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