第8話 男には優しい世界(?)
「ばあさん、いつものやつを頼むよ」
「ああ、マーリかい。ほら、もう準備してあるよ」
まずはお店の仕入れをするために食材が多く立ち並ぶ市場へやってきている。ここはマーリさんたちがいつも仕入れをしている店で、慣れた様子でお金を支払い、野菜を受取って大きなカゴに入れている。お店の人は白髪のおばあさんで、ここの店番をしているようだ。
「マーリさん、荷物を持つのを手伝いますよ」
「ああ悪いね。おっと、トオルは男なんだからそっちの小さい荷物にしておきな」
「……はい」
どういう仕組みなのかは分からないが、女性で俺よりも年上のマーリさんが軽々と俺よりも重い荷物を持ち上げる。女性のほうが力の強い世界だとわかってはいるが、実際に目のあたりにすると不思議でしょうがない。
「おや、その可愛い男の子はどうしたんだい?」
「初めまして、トオルと申します。昨日からヨーグル亭でお世話になっています」
「ミーナの代わりかい。それにしても、よくこんないい男があんな店で働いてくれることになったね?」
「あんな店は余計だよ! 遠くからこの街に来たらしいが、持ち物やお金を全部なくしたらしくてね。ちょうどうちの店に空き部屋があったから、そこを使ってもらっているんだよ」
「そりゃ災難だったね。確かにこの辺りじゃ見かけない綺麗な黒髪をしているよ。あんたも大変だねえ。マーリ、ちょっとだけまけてあげるから、その分この子に優しくしておやり」
そう言いながらおばあさんはマーリさんと俺が持っている籠にさらに野菜を乗せてくれた。
「おや、気前がいいじゃないか。分かったよ」
「あ、あの! 本当にありがとうございます!」
「気にすることないよ。あんたも大変だけれど頑張んな」
「はい、頑張ります!」
お礼を伝えて頭を下げた。
初対面なのに本当に優しいな。なんだかとても元気が出てきたぞ。
「着替えが3セットと靴で金貨1枚か。だいぶ安く手に入ったようでなによりだよ」
「はい。あの、お金まで出してもらって、本当にありがとうございました」
食材の仕入れが終わって食材を一度店に持って帰り、改めて別の場所にある市場へと向かった。先ほどの市場は食材を中心に販売している店が並んでいたが、この辺りは服を売っている市場のようだ。
マーリさんの知り合いがやっている古着屋さんへ行ったところ、40代くらいの女性の店主さんがやけに俺を気に入ってくれたみたいで、様々な男性用の服をものすごく値引きして売ってくれた。
「なあに、礼を言うのなら、おまけしてくれた店の店主に言ってやることだね。むしろおまけしてもらった分のほうが多いくらいだよ」
「はい、また改めてお礼を伝えに行きますね」
最初の店のあとに2店続けて他の肉や魚などを仕入れに行った時も、お店の人たちがいろいろと食材をおまけしてくれていた。そのおまけ分の代金ということで、この店で購入した上下の服にボクサーパンツのような下着を3セットと靴をあわせた会計の金貨1枚分をマーリさんが出してくれた。
おかげさまで先ほどもらった昨日の分と今日の分の給料である金貨1枚はまるまる残ったままだ。これから先にどうするかも決めていないが、お金が必要になることは間違いないからとても助かる。
この街の人たちはどの人も本当に優しいなと思っていたのだが、それは俺が男だからとだマーリさんが先ほど教えてくれた。どうやら本当にこの世界の人たちは男性が少ない分、男性にはとても優しいらしい。
「それじゃあ昼のまかないを食べたら店に出てもらうよ。たぶん今日は昨日よりも忙しいだろうから頼んだよ」
「はい、頑張ります!」
服を購入したあとは店に戻って早めの昼食をいただいた。このお店は昼食時からお店を開けるので、まかないを食べ終わったら一度晩ご飯を食べる休憩があるものの、店を閉めるまでぶっ通しで働かないといけない。いろいろとお世話になったぶん、頑張って働くとしよう。
「いらっしゃいませ! 3名様ですね、こちらの席へどうぞ!」
「おお、本当にいい男がいるじゃねえか!」
「マジかよ! 嘘じゃなかったんだな!」
「お兄ちゃん、なんて名前?」
「トオルと言います。昨日からこのお店で働かせてもらっていますので、よろしくお願いしますね」
「トオルちゃんかあ、いい名前だな。昨日ここで飯を食ったやつが、新しく黒い髪の可愛い男が入ったっていうから来てみたんだけど、まさか本当だったとはな」
「はは……ありがとうございます」
これで似たようなお客さんが来るのは何度目だろうか。どうやら昨日来てくれたお客さんがこの店に新しく男が入ったとあちこちに触れ回ったらしい。
よくもまあSNSとかもないこんな世界でこんなに早く噂が広まるもんだ。いや、可愛い店員が新しく入ったと聞いたら、多分俺も見に行くかもしれないけれど。おかげで昨日よりもだいぶ忙しい。
「ねえ、今度一緒にお茶でもしない?」
「デートしてくれたら、君に似合う服を買ってあげるよ!」
「近くにおいしい高級料理店があるんだけれど、一緒に行かない?」
……こんなにも女性からのお誘いを受けたのは生まれて初めてだい。いや、生まれ変わって初めてと言うべきなのかな。
しかし、断腸の想いで女性からのお誘いを仕事が忙しいと伝えて断っていく。本当はものすごくお誘いを受けたいのだが、もう少しこちらの世界の常識を身に着けてからでないと危険な気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます