第31話 個別指導


「トオル?」


 ランドンが心配そうにこちらを見てくる。大丈夫、俺は別にセクハラされても大丈夫だから。


「……おまえも冒険者なのか?」


 俺の方をつま先から頭までジロジロと舐め回すように見てくる臨時教官。どうやら俺のことをちゃんと異性として見てくれているらしい。


「はい、先日Eランク冒険者になりましたトオルと申します。教官、俺にもご指導いただけないでしょうか?」


「Eランク冒険者のトオルか……いいぜ、こっちに来な」


「はい、ありがとうございます」


「ト、トオル、やめておいたほうが……」


「俺は大丈夫だよ、ランドン」


 ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる臨時教官。心配そうに俺の方を見ながら、オロオロとしているランドン。たぶん俺のことを気にしてるのだろうけれど、俺なら大丈夫だ。綺麗な女性だし、むしろセクハラだろうと、どんと来いだぜ。


「それで、トオルは何の武器を使っているんだ?」


「俺は片手のナイフを使います。基本的には戦闘に参加しますが、後方支援がメインになります」


「なるほど、他の男たちと同じで後方支援か。とりあえず木剣を使ってこちらに打ち込んでみろ」


「はい」


 どうやら最初は普通の訓練をしてくれるようだ。いきなり寝技の訓練とか言われたら、さすがに誰でも怪しむから当然と言えば当然か。


 こちらとしては寝技の訓練などは、むしろ望むところではあるが、女性と密着する寝技の訓練とか200%興奮して呪いが発動してしまうに違いないからな。


「ふむ、まあまあ筋は良いな」


「はい、ありがとうございます」


 俺が小型の木剣で臨時教官に打ち込むが、その攻撃を木剣で軽くいなしていく臨時教官。以前の教官とは防御と回避を中心に訓練してきたから、攻撃にかんしてはまだ素人だ。


 おそらくお世辞ということは俺にでもよく分かる。


「いったんストップだ。そうだな、構えの方はこう構えてみろ」


 そう言いながら俺に密着してきて、腰の方に手を回してくる臨時教官。予想通り、ランドンの時のように俺にもセクハラをしてくるらしい。


 この訓練場には10人くらいの冒険者はいるが、みんな自分の訓練へ夢中になっているので、こちらを見ているのはどうしたらいいか分からずにオロオロしているランドンくらいだ。


 ちょうどコレットさんが訓練場に戻ってきたが、冒険者ギルド職員は同行していない。おそらく取り合ってもらえなかったんだろうな。


 こちらの世界ではこういったセクハラは日常茶飯事だし、駆け出し冒険者へのセクハラごときに耳を貸している暇はないということか。


「こ、こうですか……」


 少し嫌がるようなそぶりを見せつけながら、身体を離そうとするが、臨時教官はさらにこちらに近付いてくる。


 以前女性に襲われそうになった俺だが、特にその後遺症なんかはないみたいだな。確かに多少は怖かったのけれど、ルナさんは普通に綺麗な女性だったし、むしろあの裸だった上半身に興奮してしまっていたくらいだからな。


 あれがもし太ったババアとかだったら、トラウマになっている可能性は非常に高かったけれどね……


 今回も怖いというよりは臨時教官の胸が俺の身体に当たってきそうで、むしろ興奮を抑えることの方に必死だったりする。


「ふ~む、トオルといったか。可愛い顔をしているな。どうだ、もし良かったら、このあと個室で俺と個人授業なんてどうだ? 手取り足取り教えてやるぞ?」


「あ、あの止めてください……」


 声を出せないような大人しい男を演じて抵抗できない演技をする俺。そして俺が声を出さないことが分かると、ニヤニヤとしながらさらに俺の尻を撫で回してくる臨時教官。


 個人的には教官と個別授業というシチュエーションには非常に興味のあるところだが、こういった輩は同じようなセクハラを何度も繰り返すに違いない。


 俺ならいくら尻を触られても問題ないが、こっちの世界の男性なら痴漢に遭った時と同じで心に深い傷を負ってしまうかもしれないからな。こういうのははっきりと抵抗するところを見せてやらないと駄目だ。


 ……というかこれ以上密着されると俺の呪いが発動してしまう!


「きゃあああああああ!」


「んなっ!?」


 俺は訓練場に響くほどの大きな声を上げる。


 残念ながら俺は痴漢……じゃなかった、痴女されて大人しくしているような男ではない。


 わああ、と迷ったがここは女っぽい声を上げた方がいいのかと思って、きゃあにしてみた。それを考えるくらいには冷静であるということだ。


「なんだ!?」


「どうしたんだ!」


 俺の大声によって訓練場にいた人たちがこちらに注目する。


「ち、痴女です! この人が今私のお尻を触りました! それに私を個室に連れ込んであんなことやこんなことをしてやるぞって言われました!」


「おっ、おい!?」


「なんだと、あんな綺麗な男性にそんな羨ましい……いや、酷いことを!」


「個室に連れ込んであんなことやこんなことをだと! なんて羨ましい……じゃなかった、非道なことを!」


「………………」


 この世界の女性は本当に大丈夫なのだろうか?


 気持ちは分からんでもないが、こういう時にはそういう気持ちを抑えろっての……


 周りにいた冒険者も騒ぎ出し、ついには他のギルド職員も大勢やってくるほどの騒ぎとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る