第21話 整理する 2

 

 フランが続けた。

「室内で殴られた傷のある男の指先に白い粉体が付いていたので、恐らく術者はそいつで間違いないでしょう。しかし、そうすると外の遺体だけ異質です。巡察隊の見解では逃げ出した生贄が報復されたかたまたま立ち会った無関係の人間が殺されたものだと推定してるようですが、それだと僕たちの検死中を狙って身元を特定させないよう工作した説明がつかない」

 彼の話を聞きながらヴィンセントは上を向いた口へナッツを続けて放り投げた。

「これは僕の勘だけど、外の死体も相応の術者なんじゃないかと思ってる。けどあれじゃ、遺体から身元を特定するのは難しいだろうな」

 乾物を全て食べ終えたヴィンセントは躰を起こすと手を軽く払った。

 

「さて! 分からないことをいくら捏ねくり回しても仕方ないから、先に分かってることだけ整理しようか」

 加菜子がなんだろうと思っているとヴィンセントがにやっと笑った。

「あの寺院とかね」

 明るい声でそう言って彼は傍に置いた書類の束をテーブルの中央に乗せた。

「何か分かったの?」

 加菜子は驚きと期待をもって聞き返した。

 向かう道中で確か何の手がかりもないと彼自身が言っていたように思う。

 

「寺院については、振っても逆さにしてもなーんにも出てこなかったよ。けれど、ほら、行きの汽車の中で僕が魔女の村について話したろう?」

 数日前の話を思い出しながら加菜子は頷いた。

「そのあとすぐ閃いたんだ。木を隠すなら森の中、寺院を隠すなら山の中、なんてね。寓意は必要ない、もっと簡単な話さ。山の持ち主に聞けばいい」

 歌うようにヴィンセントが楽しそうに言った。

「持ち主って……確か、大戦の褒賞として魔女たちに与えたっていう王様だよね?」

 加菜子がそう返すとヴィンセントは当たりとでも言うように軽く指を立てた。

「そう、先先代国王ヨーゼフ1世その人だよ。といっても、もちろん彼自身はとっくに亡くなっているから実際に尋ねるのは記録の方」

 

 書類を束ねていた紐を解いてヴィンセントは続けた。

 

「モンブソン王国の現在の君主はウォルザー朝第3代国王フランツ1世。先代ウィレムを含んだ3代続くウォルザー朝は、先先代ヨーゼフ1世から始まった。元は彼の父親の家名だったんだけど、この国では母親のエイレネ女王の方が有名だから彼女の王配と言った方が早いかな」

 

 彼はバラバラになった書類をいくつかの群ごとに分類分けしていった。

 

「ウォルザー家は元々リヴィニース国に出自をもつ辺境伯でさらに辿ればキルベニア王族の血も引いてるんだけど、女王の王配となるにはそれが災いして一悶着あったわけだ。話が長くなるからかいつまんで話すと、モンブソンにとってリヴィニースは格下国家であり、キルベニアは何度か戦争と同盟を経験したもののいつ侵略されるともするとも限らない緊迫関係。だからこの父親の出自がヨーゼフ1世即位の時に再び問題視されてね。次代は女王の王弟から純粋なモンブソン人を据えるべきという反対が当然あった。当時はリヴィニースやキルベニアが転換期を迎えようとしていたこともあり、モンブソンもかなり国政が危ぶまれたけれど、事を穏便に収めたのはさすがエイレネ女王さまさまって感じ」

 

 いくつかの束に配り終えたヴィンセントは、少し迷うように視線を動かしてから「あー、これこれ」とひと束を手に取った。

 

「ヨーゼフ1世を次期国王とする為にエイレネ女王とその周囲がした裏工作は数多くあるんだけど、今回関係ありそうなのは当時劇作家に戯曲として作らせ、宮廷公演もされた物語ストーリー

 

 最初の2、3枚を捲って加菜子たちに広げて見せた。

 

「ところで僕は不思議なんだけど、人間って優秀なだけの人に魅力を感じないみたいなんだよね。由縁、曰く、ストーリーが大好きだろう? ミステリー小説の犯人はなぜ凶行に及んだのか、ヴィンセント・バーリはなぜ稀代の天才魔術師と呼ばれるのか、加菜子はどうして異世界を渡ったのか、黒猫堂のマスターはなぜ王都で最難関と呼ばれる超一流時計職人の弟子をやめたのか。ヨーゼフ1世が国王となるのに相応しいのは“なぜ”か。それらに必要なものは、正しい真実じゃない。それらしい理由だよ」

 ヴィンセントは面白がるように笑った。

「この場合は、英雄譚といえるかな」

 そこで彼は版画が写された一枚の資料を見せた。

 

「残念ながらこの舞台は今もう上演されてなくてね。作家が悪いのか、テコ入れが悪かったのか単純につまらないんだってさ。これをエイレネ女王唯一の失策と言っていいのかどうか、僕には分からないけど。王宮特別区域図書に指定されたヨーゼフ1世に関する資料をなんとか引っ張り出してみたら、この舞台の元となったウォルザー家に関してある逸話が残っていた」

 次の一枚を捲った。

 

「仰々し……じゃなくて古い言葉だから現代風に意訳すると、『リヴィニース辺境伯領に海の向こうから迷い込んだ巡礼の使節と名乗る異国人があった。彼らは航海の途中で海の怪――疫鬼に襲われたと言う。からがら西の端の港へ辿り着いたものの、陸地へついても取り憑かれたまま、なすすべもなくついにこの辺境伯に助けを求めた。異国人ではあるが、辺境伯はその深い慈愛の精神をもってこれを了承し、疫鬼を鎮めた。そして辺境伯領の山を1つ貸し与え、外来風の寺院を建てることを特別に赦した』……もう何となく察していると思うけど、ここはちなみに」

「ヨーゼフ1世の所領地であり、元リヴィニース辺境伯領」

 すぐにフランが答えた。相変わらず表情の変化はあまりないが、彼もかなりの興味をもって聞いていたようだと分かった。

「そういうこと」

 ヴィンセントは嬉しそうに笑った。

 

「でも実はウォルザー家の歴史を記した他の資料を照らし合わせてみると、全てが事実とも言えない。どうも数代前の傍系血族の話からきているらしいね。それをウォルザー家の伝説として飾り立てたみたい。とくに都合が悪いから、この2つの資料は持ち出し厳禁となっているわけ」

 まるで紙芝居を子供たちに聞かせ終えた語り手のようにヴィンセントは「おしまい」と締めくくった。

 

 加菜子はタイプライターで綴られた丁寧な出来の資料を数枚捲り、尋ねた。

「じゃあ、どこからこんな情報仕入れたの?」

「だから王宮特別区域図書だよ。すごく貴重な資料なんだから」

 さっき言ったろうとヴィンセントが片眉を上げて答えた。加菜子は「そうじゃなくて」と反論する。

「その持ち出し厳禁な資料を、ずっとわたしたちと居たヴィンセントがどうやって持ち出せたのかってこと」

 

 するとヴィンセントがふふふと色っぽく微笑んだので、加菜子は嫌な予感がした。

「ちょぉっといいツテを頼ってね」

「いいツテ」

「がんばって書き写してもらった」

「うわぁ」

 加菜子は物凄く引いた顔を浮かべた。これは相当な無茶振りをしたなと察するにあまりある。そしてどこの誰とも知らぬ巻き込まれた被害者に心の中で同情した。

 

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