第30話 嵐の夜 1


 おおよそ半年くらい前から、西の山に妙な集団が棲みつき始めたことは風の噂で聞いた。下手な悪さをしなければと静観をしていたが、それが間違いだった。

 

 3週間前、嵐の夜にそれは起こった。


「山が騒がしいねぇ」

 真っ暗な断崖を見上げて魔女の1人が呟いた。彼女の両手は血で汚れていた。そろそろ産気づく頃だろうと数日前から寝床を用意してやった雌猫の出産がついにはじまり、リリアと一緒にお産を手伝っていたのだ。

 全ての仔猫を取り出してもう一度山を仰ぎ見た。いくつもの微力な魔力が揺れているのが肌に感じられた。

 するとリリアが一匹の仔猫を抱いて叫んだ。

「この子、息してない!」

「どれ」

 魔女はリリアの手から渡されたまだ目も開いていない仔猫を指先で撫でた。ぐったりと動かない小さな塊は急速に熱を失っていくようだった。そういえば、いちいち鳴き声を確認していなかったと後悔した。

「大丈夫だよ。アンタは、他の子たちを見てておやり」

 平静を装って、仔猫をリリアから隠した。

 少女には気の毒だが、もう、これは死んでいる。

 落ち着いた頃、リリアにそれとなく告げようと内心で決めた。

 

 その時、山が揺れた。

 寺院の結界が破られたと分かった。

 示し合わせたわけでもないのに魔女たちは一斉に外へ飛び出した。嵐で雨が横殴りに顔を打とうとも、そんなことはどうでも良かった。

 

 いのちを一瞬で刈り取ってしまえるような、なにか恐ろしいものが目覚めた!


 そんな予感が5人の胸に湧いた。

 みな無言で洞穴へ急いだ。そこは断崖絶壁の端にあって、バニスペヨーテの森の奥深くにある洞穴。村で唯一、山の頂上へ登れる狭く細い古道が洞穴の中にあった。

 

 加菜子たちに「村からは山を登れない」と言ったのは何も嘘じゃない。魔女を含めて村人は誰もその古道を使ったことは今までなかったのだから。理由は簡単で、先先代ヨーゼフ1世の名の下にこの集落を与えられた時、いくつかの約束事を交わしたが、その中に術符をこの古道の入り口に貼って不用意に触れない、という決まりが設けられた。

 それに、整備されていないような急な斜面は、酷く狭く暗い。並の頭なら、ここから登ろうなんて酔狂な考えも浮かばないものだ。

 

 だが、今やその術符は焼け落ちていた。晩夏とはいえ、洞穴から薄ら寒い風が吹き降りてきて身震いした。洞穴の奥から不気味な気配さえ感じた。

 

 けれど、村を守るには行くしかなかった。意を決して踏み入ったものの、地上から流れ落ちる雨水で何度滑ったことか知れない。魔女たちが老体に鞭を打ち、なんとか登りきって地上に出ると、深い森に囲まれた暗闇の中にぽつりと灯りがついているのが見えた。雨がざあざあと絶え間なく降っていたが、不思議と風はなかった。

 

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