第45話 本質


 ミヒテがまた唇で笑みを作った。

「では、どうぞ言い当ててごらんなさい」

 

 ヴィンセントの銀灰色の瞳が炎を反射する。

 

「――君の本質は僕と同じ、単純で動物的。自分の好奇心のためにしか動けない、人格破綻者だ」

「まあ、なんて酷い」

 少しもそうとは思っていないような声でミヒテが笑った。

 

 ここまで貶められようと彼女の顔は崩れない。

 変えないように努めているような無理はミヒテから感じず、恐らく本当に興味がないのだと加菜子は今、理解してしまった。

 

「お前は、何が見たい?」

 ヴィンセントがその言葉で以て尋ねた。

 

「あはははは!」

 すると、ミヒテは声を上げて笑い出した。壊れた機械のように、同じ音で笑い声を発し続けた。

 

「うふふふ、そう、そうですよ。そうなのです! 私は何にも興味がない。持ちようがなかったのですよ。唯一、叔父様がうち建てた魔術理論をこの目で見るまでは!」

 

 目を見開いた彼女は、両の手を広げた。

 

「なんて美しいのでしょう、自らを神に準ずる生物だと過信した傲慢な人間を犠牲に、願いを叶える外法。しかし、そのおかげで目に出来る神秘、十三の大厄神!」

 

 うっとりと、陶酔したような目でミヒテは語った。

 

「見たいだけなのですよ。命を対価に差し出してまでも願いを叶えようとする愚かしい人間の、真の美しさを。未来永劫と信じた人の世が終わり、地上が蹂躙され、文明が途絶え、何も残せない喜劇を。……嗚呼、惜しむべくは、それをこの目で見られないことでしょうか」

 

 彼女は至極残念そうな表情で憂いた。

 しかし、次にまこと美しい笑みを湛えた。

 

「――ええ、ですが、不肖エレオノーレ・ミヒテ・フォン・カルペルマン・ベルクが皆々様にお約束いたしましょう」

 

 彼女は袖から何かを滑り取り出した。

 

「必ずや、十三の大厄神、大厄災をその目にご覧にいれますと!」

 

 それは短剣だった。

 ミヒテは自身の指先を切り付けてから、次の瞬間には刃が高い位置から光を放った。

 

「そして、我ら一新教真宗会がまたお目に掛かるその日まで、今暫く」

 ミヒテは短剣を掲げて素早く下ろす。

 

 それは、加菜子が寺院で見た光景と重なった。

 

「させるか!」

 オリバーの手から赤い閃光が迸り、ミヒテの握る短剣に当たった。

 しかし、それは弾くようなことなく刃がミヒテの細い喉を貫いた。


 加菜子は悲鳴を飲み込むように両手で口を押さえた。目を背けることも出来ず、彼女と短剣を注視した。


 崩れ落ちるミヒテの躰をオリバーが受け止める。

 死の床にありながら、ミヒテはニヤリと笑った。オリバーの魔術が不発に終わり、狙い通りここで死ねるのだと勝利を確信したようだった。


 だが、その顔はやがて異変に気付いて崩れていった。初めて、本当に驚いたように大きく目を見開いて、オリバーを見上げる。


「な、ぜ……」

 その口から、呟きが漏れた。短剣は確かに彼女の喉に刺さっている。

 だが、ミヒテから死が遠ざかっていく・・・・・・・・・

 

「さっきこの儀式は完成しないと言ったけど、あれ、嘘なんだ」

 

 ヴィンセントがゆっくりと2人に近付きながら話し始めた。

 

「囮を使った中途半端な儀式で、神の遣いである厄神が釣られるわけないだろう。まさか、魔術師の端くれともあろう者が本当に信じたの? はは、オリバー君に一芝居打ってもらった甲斐があったなァ」

 

 ミヒテの視線が信じられないものを見るようにそちらを向いた。


「フランが正確に作り上げた魔術・・構築に、あの魔女たちが受け渡した星の力を流すことで、魔術と魔法とが合わさった擬似召喚魔法を作ったんだ。故に、魔法による代償もない」

 

 ミヒテの目がヴィンセントを射抜くように強くなる。

 

「最初から、この中で仔猫を燃やすことは出来ないし、君が自害することも出来ない。贄は過不足なく、しかし、生死は術者が決める。既に閉じられた儀式の中では、全てがフランの定めた理に従うように出来ているからね」

 

 ミヒテは痛みも構わず口を開いたが、彼女からもう声は出ないようだった。

 

「でも誰1人死んでいない? そう、贄を捧げるつもりがないことを知って厄神が怒るだろうね。それでいい。だって最初からこちらが有利なようにフランが作ったゲームの中に、勝手に飛び込んで来たんだから。一度この儀式の中に入れば、厄神といえど簡単に出ることは不可能だ。言っただろ?」

 

 3度目のセリフは口角を上げるだけで留めた。

 

 ヴィンセントがミヒテの喉から短剣を引き抜いた。ミヒテは顔を歪めたが構わないようだった。ヴィンセントは短剣がよく見えるように焚き火の明かりを照らした。

 

「ああ、これ、魔力吸いの魔剣か。別名、魔術師殺しの魔剣だね。用意がいいことだ。――真宗会には、かなりの切れ者がいると見た」

 ヴィンセントが愉しそうに笑う。

「だから、詰めが甘いと言われるんだ、ミヒテ・カペルマン」

 オリバーは静かに彼女を見下ろして言った。

 その横顔には消えない怒りと、哀しみ、そして、それ以上のものがあるように加菜子には見えた。

「お前の誤算は、俺やこいつの弟子を大した魔術を使えないからと捨て置いたことだ。そして、そこの異世界人の観察眼を見誤ったこともだよ。……しばらく眠ってろ」

 

「次に目覚めたら、君にはたくさん話してもらいたいことがあるから、声帯くらいは治してあげるよ」

 ヴィンセントがにっこりと笑った。明らかな冷笑を含ませていた。


 ミヒテは唇を動かして、気を失うように目を閉じた。


 加菜子には「嗚呼、口惜しい」と呟いたように見えた。

 

 

「死んでないよね?」

 恐る恐る加菜子がヴィンセントに尋ねたが、代わりにミヒテを抱えたオリバーが答えた。

「仮死状態にした。この女は生きていると僅かな隙でもきっと……いや、十中八九逃げて何をするか分からない。かと言って、今死なせると儀式に差し障る」

 はあ、とオリバーは重たいため息を吐いた。

 ヴィンセントがオリバーから袋を受け取ってミヒテの血が付いた短剣を仕舞った。

「さすが没落したとはいえお嬢様。よくもまあ、こんな貴重なものを隠し持っていたな」

「普通の短剣じゃないんだよね?」

 加菜子が聞くとヴィンセントは頷いた。

「こいつは特殊な魔法が掛かっていてね、僅かでも血を吸った相手の魔力を覚えて、致命傷を負わせるまで何処までも追い掛けて来るんだ。その執念深さたるや、ほとんど呪のような類だよ」

 ヴィンセントが呆れたように笑った。

「オリバー君さあ、女の趣味悪すぎない?」

「うるさいッ」

 

 ふいに、2人は顔を上げて広場の方を見た。

 ヴィンセントが告げた。

 

「はじまるね」


 ◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る