第51話 兄と弟

 

「村の人から預かってきたんだ」

 店内へ戻ると、ヴィンセントが懐から何かを取り出してデニスに渡した。

「これが君のお兄さん――カール君の持ち物らしい」

 渡されたデニスは、包みを開いて中を確認すると、固まった。

「おそらく彼が倒れた衝撃で割れてしまったのだと思うけど、これは?」

 目を伏せてヴィンセントが続ける。デニスは呆然と答えた。

「……ルーペです。時計職人が使う、道具で……」

 彼はそれだけ言って、包みを閉じた。

 この兄弟にだけ伝わる思いがだろうと加菜子は思った。

 

 少し置いてから、ヴィンセントは語り始めた。

「君の弟……カール・ハーギンがクロの命を救ったんだと、僕は思う。生まれたばかりの仔猫の魂の器を補強する為に、疫鬼厄神の善性を引き上げて、疫鬼厄神の悪性の力をかなり削ったんだろう。でなければ、さすがに僕とフランがいても、昨日の封印儀式で1人の犠牲者もなくクロの中に封じられたはずがない。死の刻印を以ってこそ、出来たんだろうね」

 

 ヴィンセントの話をデニスは黙って聞いていた。

 

「これから本格的な調査が始まる。寺院でのことはどうあれ、無関係のカールを殺害し、それを隠蔽した村人たちは罪に問われるだろう。……君は、彼らを恨むかい?」

 デニスは、深くため息をついた。

「……夜中に突然、現れたあいつが悪い」

 ふんと、ぶっきらぼうに言い捨てた。

 

「昔からそういう奴なんです。頑固で熱し易く冷め易い、じっとしていられないし、あいつが何考えてるのかは僕にはさっぱり。でも行動原理は単純で、好奇心の赴くまま好き勝手歩いて……だから、人の為に自分が何かしてやったこともすぐ忘れる。どうせ、劣等感ばかりで卑屈な俺の為に家を出たことだって、自分のせいだと思ってるでしょう、あれは。……それで最期は、自分を殺した人間じゃなくて、仔猫を助けるなんて。ほんと馬鹿なやつ」

 

 デニスは呆れたように笑って、メガネを外した。


「ああ……親父に、報せてやらないと」

 

 呟いた彼は、言葉を詰まらせた。

 

 ◇

 

 村へ王都から正式に調査隊が送られることとなり、特にカール殺害と死体の隠蔽に関わった村人数人は、街へ移送されることとなった。彼らは抵抗することもなく大人しく従っていたという。


 昨日とはまた違った騒がしさを見せる村に着いて、加菜子はヴィンセントに尋ねた。

 

「どうして、クロは元に戻ったの?」

 行儀悪くテーブルに脚を乗せたヴィンセントが少し考えたような間を取った。

「……母を求める仔猫の声を、彼らは無視出来なかったんじゃないかなァ」

 加菜子にはよく分からなかった。怪訝な顔の彼女にヴィンセントが苦笑する。

「疫鬼厄神にも二面生があるって言っただろう? 人も神も祀られた者も、母なるものから生まれる。親を恋しく思う子の気持ちは、人間も仔猫も疫鬼厄神も、そんなに変わらないってこと」

「……ふうん」


(親を恋しく思う気持ち、か)

 

 加菜子は正体不明な自分の気持ちを仕舞って、分かったフリで濁した。

 

 ヴィンセントが何やら書類を見ながら、わざと驚いた表情を浮かべた。

「うわぁ、よりにもよって、あの天秤の女王アルマーニ大導師が出て来るんだ」

「通称と付けろ」

 2徹目のオリバーがさらに酷い目つきで睨んだ。ヴィンセントは全く動じず、憐れみ3、からかい7程度の表情でオリバーをちらと見た。

「うわ、しかも開理人の方もセシリオ・ヘルゲイを筆頭に重鎮揃いじゃないか。……オリバー君さあ、疫病神でも付いてるの?」

「知るかッ」

 オリバーは怒って部屋を出て行った。

「あははは」

 思う存分からかう相手の出来たヴィンセントが嬉しそうだ。

 

「そう言えば、オリバー……さんは、魔術が使えたんだね」

 ヴィンセントはおやと片眉を上げた。

「オリバーくんは魔術師としてかなり優秀な方だよ。何せ、時を操る魔術は魔法に近いものだから、才能がないとまず無理」

「時を?」

 首を傾げた加菜子に、ヴィンセントは答えた。

「あの女――ミヒテ・カペルマンが短剣で喉を刺した時に彼が掛けた魔術のことだよ。地味だけど、研究を重ねる価値はある。ただ、彼の“性質”が魔術師に全く向いてない。研究の為に文化を犠牲に出来ない、魔術の発展の為に市民を見捨てられない、だから上司を殴って左遷され、そんで今は絶賛反抗期中なわけ。正義感が強すぎるよねぇ」

 そんな経緯があったのかと加菜子は意外な思いを抱く。それにしてもと隣の楽しそうな人物を見た。

「ヴィンセント、結構好きでしょ」

「うん。僕、面倒臭い人は嫌いじゃない。あ、加菜子もね」

 ヴィンセントがにっこり笑って付け足した。

「それは……、わたしはどっちに含まれてるの?」

 案外、ヴィンセントとフランには怒れるかもしれないなどと加菜子は思って、拳を握りしめるべきか悩んだ。

「あははは」

 彼は笑って誤魔化した。

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