第24話 町人

 

 宿屋の亭主が大きな躰を縮め、訝しそうな表情で言い訳から始めた。

 

「いや、話すのは構わねンだけど、あんたらが知りたい話と関係あるかは分かんないよ? ――あ? それでもいい? はあ……まあ、そう言うなら。……その日は夕方から空模様が急に怪しくなり始めて、入り浸りの爺さん共が腰が痛てぇ脚が痛てぇとうるせえの何のって。だから、こりゃひと雨来ると思ったよ。そこで表に出しっぱなしの立て看板を思い出して、危ねえから仕舞おうって表に出たらそこによ、変な男が立ってたんだよ。いくら雨が来そうだからってこのクソ暑い中フードを目深に被って、なんか様子のおかしい男だと思ったね。そしたら、そいつがいきなり『西の山へはどう行く?』と聞くんで『迂回した街の方からなら行けるよ』って答えたのよ。ついでに俺は『今日は嵐だから山に登るのはやめた方がいい』とも言ってやったんだけど、その男は偉そうに『今すぐ馬車を手配しろ』ってしつこくてさ。仕方ねえから小僧を遣いにやって一報入れさしたんだ。そんで待ってる間その男は店の中に入って酒を飲んでたんだけど、なんだか切羽詰まった様子だったねえ。いや、中に入ってもフードを取らねえんで顔は見えねえけど、こうソワソワというか……焦れってぇような感じは伝わってくんの。んで、30分くらいしたら馬車が大門に着いたってんで、そいつは金を叩き付けるように置いて出てったよ。うん、そう。年配の御仁だったね。……え? お前こそ目ん玉腐ってんのか、どう見たってじじいだったろうが!」


 宿屋の亭主の後で、見るからに親分肌といった風体の男が話し始めた。

 

「何言ってんだ、どう見繕っても30手前くらいの若い男だったぞ。……え? いや、俺も見たんですよ。フードを目深に被った男。――俺ァこの町で大工の棟梁はってんですが、うちンとこも嵐が来ると見て早めに仕事切り上げまして、若ぇ衆へ飲み代多めに渡してついでに大門を見に行かせたんですわ。俺の方は村へ上がる裏門、いわゆる小門の方を確認しに行きまして。――そうそう、そのままご贔屓の姐さんの店で一杯やろうと……って俺のこたぁ今関係ねえだろ、宿屋は引っ込んでろ!……で、小門は問題ないだろうと確認して、御者の野郎に『今日はもう店じまいにした方がいいぜ』って話したんですわ。そんで、取って返す途中にフードを被った男……そう、若ぇ男とすれ違いまして。どう見ても町人じゃねえ、それも小門の方に歩いてく。村の方へ行くか横道から街へ行くんだろうと思って『おーい兄さん、今日はもう出るのやめた方がいいよ、馬車も走らねえし』って声掛けたら、その若い男が『それは困る!』って慌てて話も聞かずに小門の駅馬車の方へ走って行っちまったんだ。なんだか嵐みてえな男だった。……ま、あとはあっちでなんとか言いくるめるだろうと思って、ええ、それっきりですわ」

 

 一通り話し終えると幼馴染だという宿屋の亭主と大工の棟梁はそのまま口喧嘩を始めてしまった。2人が戯れ合うのを頬杖ついて見ていたヴィンセントはふいに加菜子へ声を掛けた。

「ところで、加菜子の方はもう終わった?」

「……あと、ここだけ」

 手元に集中している加菜子は生返事を返した。

 

 次に黒猫堂のマスターが2人の話を受けて話し始めた。

 

「僕が店の入り口でぶつかりそうになったのは、年配の男性でしたね。基本的にうちで提供する料理は宿屋のご主人の所で作って頂いてるんですが、その日もランチ分が捌けて洗った寸胴鍋をお返しに行ったんです。そしたら、ちょうど店の中から男が出てくるところだったようで。しかし、舌打ちされてしまいましてね。少し驚いたのでよく覚えています。――他にですか? うーん、特に変わったところはなかったかと……あ。いや……その。またか、と思われるかもしれませんが……魔術師の方かと思ったんですよね」

 話し終えたマスターにフランが質問をした。

「その男を魔術師だと思った理由は?」

 しかし、マスターは困ったように首を傾げた。

「……どうしてでしょう?」

 加菜子はフランが苛つきだすのではないかとハラハラした。彼は質問を質問で返されるのを一番嫌うタイプだろうと勝手に決めつけているからだ。しかし、想定通りの返しだったのか、それとも加菜子の予想より成熟した精神だったのか、フランはすぐに聞き方を変えた。

「以前、あなたが僕を同じように思った理由として、このエンブレムに気が付いたからだと言っていたのを覚えていますか?」

「……はい」

 マスターが頷くと、フランは首元のチェーンを手繰り寄せた。

「では、宿屋の入り口ですれ違った男を魔術師だと思った時も、これによく似た物を見ませんでしたか?」

 そう言って胸元から取り出した魔術師の証をフランはマスターにもう一度見せた。マスターは眼鏡をかけ直してそれをじっくりと見た。そして記憶をなぞるように視線を彷徨わせ、やがて何か気がついたように顔を上げた。

「たしか、ぶつかった時に彼のフードが外れて胸元から四角いこのエンブレムのようなネックレスが飛び出ました。……そうか、彼が舌打ちしたのはこのあとだったのか」

「……やはりそうですか」

 ヴィンセントは全ての証言を聞き終えて、少し考え込むような素振りで黙り込んでいた。マスターは店の仕込みや用事をしたあとでこれから村の方に黒猫を返しに行くと言って一足先に抜けた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る