第25話 術符

 

 沈黙にたまりかねたような大工の棟梁が口を挟んだ。

「ところで、あの嬢ちゃんはさっきから一体何してるんです?」

「本棚の整理」

 フランがつまらなさそうに答えたところで、ちょうど加菜子は立ち上がった。

「終わった!」

 彼女は大きな喜びの声をあげ、数歩下がって全体像を眺めた。しみじみ自分の仕事の出来を眺め、加菜子はうっとりとため息を漏らした。

「完璧な並び……」

「一応聞いておこうか、今回のテーマは?」

 さほど興味ないだろうヴィンセントが水を差し向けてやれば、加菜子は待ってましたと言わんばかりに振り返って目を光らせた。

「今回は見た目重視にしてみました! これだけ立派な本棚と蔵書がある公民館なのに誰も利用しないのは勿体無いけれど、そのおかげで個人的に一度やってみたかったカラーリングを重視した並びにしてみたの! 実用性はガン無視なんだけど、背表紙がグラデーションになるよう並べると本が美しく見えるんだよ!」

 頬を紅潮させ加菜子が捲し立てるように語ると、ヴィンセントはにっこりと微笑んで受け流した。

「よく分かんないけど、良かったね」

「うん!」

 加菜子はニコニコと満足そうに頷く。しかしヴィンセントが「あれ?」と何かに気が付いて指差した。

「でも、その手にあるのは?」

 そう問われた加菜子はギクっと肩を強張らせ、酷く痛ましい表情を浮かべてみせた。

「……これだけ本棚に入らない大きさで、どうしようかと思って」

 悔しい気持ちで加菜子は告白した。それを見た宿屋の亭主が「ああ、俺が無理やり横に詰めてたやつ」と答えたので、犯人はすぐに分かった。

 

 加菜子がテーブルの真ん中へ広げるように置けば町の人が覗き込むように立ち上がった。

「なんだろうな?」

「この町の郷土史料みたいですね」

 加菜子がそう答えるとヴィンセントは手を伸ばしてパラパラと捲った。いつもの読んでいないような速度でありながら「戦前で止まってるね」と呟く。そして何かを見つけたのか、彼はニヤリと笑った。

「へえ、寺院を守る術符のこともちゃんと書いてあるんだ」

「術符?」

「魔女たちが言っていたでしょ、『王都からの術符で結界を保っている』と」

 

  アタシらが出来るのは、この村を守る結界を維持することだけ。それも王都から魔術師が術式を組み込んだ術符に少しばかり星の力を渡すだけ。それで精一杯なのさ。

 

 初対面でお婆さんたちがそう言っていたのを加菜子は思い出した。ヴィンセントは続ける。

「王都から送られる術符は2枚あるはずなんだ」

 宿屋の亭主が試食を重ねて育ったと自慢する太い腕を組み、ヴィンセントに尋ねた。

「寺院って、あんたらがかかりきりになってる例のやつだろう?」

 ヴィンセントは肯いた。

「予備ってことかい?」

「いや、完全に用途が違う2種類のものだよ」

 そう言って彼は郷土史料の版画が印刷された2枚の挿絵をさし示した。

「1枚は外的攻撃を中に入れないもの。これは町でも使われている普通の結界術符だね。で、もう1枚が内側のものを外に出さない為のもの」

「なんだい、そりゃ」

 それを聞いて宿屋の亭主たちは不気味そうに顔を顰めた。一方で加菜子は昨日聞いたばかりの疫鬼の伝承を思い出した。

 すると1人の老人がぼやくように呟いた。

「あら、あの話は本当だったの」

 彼は焼きたてのパンとコーヒーを差し入れに細々とした雑用を引き受けてくれた人物であった。

「あの話って?」

 ヴィンセントが尋ね返すと老人は笑って「西の山の、鬼の話だよ」と言った。

 

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