第27話 襲撃
◇◇
昔から、人並みに出来たことなんて1つもなかった。
職人らしく多くを語らない、男なら背中を見て悟れと言う親父とは性格が合わず、結局『好きにしろ』と放り出された。
何をさせても直ぐに屁理屈ばかりこねるから『偏屈が服を着て歩いてる』と大人に頭を小突かれて。本を読めば矛盾と疑問が気になって、気になったことは解決しないと次に進めない子どもだったから『お前は1人でだれと喧嘩してるんだ』と呆れられた。
そうして、最後はきまって出来の良い兄弟と周りに比較されるのが嫌で、14で家を出た。
なんで俺だけがと怒りを反骨心に変えて、がむしゃらに突き進んだだけだった。
やっと周りに合わせなくてもいい世界で息吐ける場所まで来た、と思った。
なのに。
俺が殺されなきゃならない道理はどこにある。
だから。
この場の全員を巻き添えにしてやろうと思った。
みゃお。
仔猫の鳴き声を聞いた。
しかし、その産声はあまりに細く、嵐にかき消されてしまった。
たすけて。
子供の泣き声を聞いた。
しかし、救いを求める声は小さな躰ごと、とうに閉じられた後だった。
背中で硝子のひしゃげた音がした。
――ああ。
最期に一度だけでも、正しく在りたかった。
おまえのように。
◇◇
中腹とはいえ標高の低い山間では、馬に荷を引かせて街から街へ抜ける商人が走り、のどかでありながら完全に往来が途絶えることのない通りだった。
そこがまさに、地獄絵図と呼ぶのに相応しい地へ変わり果てた。
元は護身用か商品の術符をとっさに使ったのだろうと思われるが、付け焼き刃の素人が張った簡易結界は、今にも魔獣によって破られ掛けていた。そのようなか弱い結界の中で、女子供が夫の、父親の、肉親の引きちぎられた腕を見て泣き叫んでいる。
姿勢を低くしたヴィンセントが走り出して一閃。風を切ると、10何体かの魔獣の首から上が一斉にかき消えた。
魔獣も他の獣と同様、普通であれば死んだあとも肉体はその場に残るのだが、種類によっては首が離れようとも、脳幹あるいは心臓が潰れなければ動き続けるものもいると聞く。その為、ヴィンセントは魔獣の首を胴体と切り離した直後、魔術によってたちまち焼き消したのだった。
しかし、代わりに、無惨に食い貪られていた肉塊がぼとりと地面へ落ちた。それを見た少年が手を伸ばす。
「父さん!」
泣き叫ぶ彼の目を覆い、加菜子は歯を食いしばって子どもを抱える腕に力を込めた。
最初は12になったばかりの姉が襲われた。次に彼の父は、結界の中へ息子を押し込んで娘を助けに行った。
この子どもだけではない、結界の中にいるのはみな一瞬のうちにそういった事情を背負ってしまった。
村の閉じられた門扉の前。ヴィンセントがあっという間に術者を上書きし補強した結界の中で、声を殺して泣く人々の視線の先には村の外壁にへばりつき、結界を破ろうとして手を、牙を、頭を、見えない壁に叩きつけているおぞましい数の魔獣がいた。
「……キリがないな」
次々に魔獣を打ち破っていたヴィンセントは一度飛び退くと、軽く舌打ちをした。
「門を開けてもらって生存者と魔獣を分けたいところだけど、そうも言ってられないか。加菜子、そこから誰も出さないでね」
「……どうするつもりなの?」
加菜子は硬い声で彼の横顔へ尋ねた。
すると、敵を見据えたままのヴィンセントは酷く愉しげに目を細めた。
「一掃する」
それを見た加菜子は苦い表情で口を閉じ、子どもをしっかりと抱え直した。
ヴィンセントが一度合わせた両手を広げると、手の中で光の粒が集まり杖を成形した。宝石が嵌められた先端を魔獣に向ける。
たった、それだけで風が止んだ。
「〈命の雫はとうに枯れ、今や悪の甘言が人々の心を癒す〉」
その詠唱は、まるで審判を下す神の声のようであったとのちに人々は語った。
「〈天よ、今いちどその手で采配をくだす時が来た〉」
再び巻き起こった風はヴィンセントの方へ吸い込まれるように流れ始めた。
「〈魂は、正しく選ばれた〉」
彼の目がまっすぐ敵を見据える。
杖の先から放たれた一条の光。目が焼かれるほどの眩い閃光が辺りを覆った。
「門が破られたぞ!」
突然、太い閂ごと吹き飛ばすような恐ろしい力で門扉が開かれた。無惨にもへし折られた閂を前に、村人たちは恐ろしげに震えた。
泣きじゃくる子どもたちは家の中に押し込まれ、農具などで武装した男たちが通りに出て村の出入り口を警戒している。
「逃げなきゃみんな死ぬぞ!」
中には、家族を連れて村の奥へと転がりながら逃げて行く者もいた。
かなり強引に開けてしまったので、当然の反応かもしれないと加菜子は思う。
ヴィンセントが結界の外にいる魔獣を一掃したのち、何度か門扉の向こうへ扉を開けるよう声を掛けたものの回答を得られなかった為、もう面倒だからと適当に魔術を使ってしまったのだ。
しかし、こちらとしても、のんびり待てない事情があった。ヴィンセントの腕には瀕死の人間が抱えられているし、加菜子も軽症と思われる女性に肩を貸している。魔獣に襲われたこの怪我人たちを介抱することが今は急務なのだ。
まあ、そうでなくとも、ヴィンセントならあの扉は同じ結果になっていたかもしれないなと、加菜子の頭を少し過りもしたが。
見るも痛々しい怪我人たちを見て、村人からいくつか悲鳴が上がった。
「はいはい、どいて。何処か、怪我人を寝かせられる場所は?」
ヴィンセントは構わず村の中心へ進み、広場と思しき場所に出て村人たちに声を掛けた。
だが、村人の顔には困惑、警戒、そして排除の色が浮かんでいた。ヴィンセントたちから身を引き、誰も手を貸そうとはしない。
臆病な彼らの反応を見て、ヴィンセントは少々呆れたように息を吐いた。
しかし、そんな人垣を掻き分けるように進み、こちらへやってくる人物がいた。彼はヴィンセントに気付かせるよう右手を振った。
「こちらです!」
マーカス村長だった。彼はさっと怪我人を見て、すぐに加菜子の手から女性を引き受けると、連れて来た協力者たちへ指示を出した。
「カナコさん、この方は私が代わりますから、あちらの坊やの手を引いてあげてください」
「は、はい」
加菜子は少し驚いた。初日に出会ったきり、彼女の中でのマーカス村長はおどおどしたやや自信のない人物として印象が残っていた。しかし、今は誰よりも落ち着いて状況を判断し、主導出来る頼もしさを持っている。
さきほどの協力者たちが往来をうろうろする村人らを端に退かし、ここから一番近い顔役の家へと運ぶのを手伝った。
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