第5話 汽車

 

 ヴィンセントの思いつきにより深夜に馬車へ飛び乗った加菜子たち。日中は鉄道を乗り継いで指定された地図の手前までやって来ると、やはり唐突にヴィンセントは言った。


「――うん、次の駅で二手に分かれよう。フラン」

「はい」

 加菜子が疑問符を頭に浮かべている間に彼のよく出来た弟子はすでに天袋から荷物を下ろし、ひとつを加菜子に持たせた。

「ぐっ」

 流れるように押し付けられた荷物がかなり重く加菜子は小さく呻いた。おおかたヴィンセントたちが大量に詰め込んだ衣服より多い本のせいだ。

 

 道中ヴィンセントは持ち込んだ大量の本を片っ端から開いては、読んでるか読んでないのかやはり読んでないと言いたくなる速度で捲ってぽいぽい放り出し、それも尽きると駅で注文して次の街に取り寄せ増やしていったのだ。

 

「な、んで分かれるの?」

 加菜子が何とかヴィンセントに尋ねると、彼は地図を広げて見せてため息を吐いた。

 

「寺院について軽く調べてみたけど、これが笑っちゃうくらい何の手がかりもなくてね。結局天秤から送られてきた地図通り山のほぼ頂にあること以外何の情報もなし。むしろ見つかったことが奇跡だな。地理的には山の東側、中腹に村がひとつと反対側の麓に少し大きな街があるみたいだよ。一日二日で終わる調査とも思えないし、夜逃げした手前すぐに帰るわけには……じゃなくて、いちいち山を登るのは面倒だろう?」

 加菜子は白けた目をヴィンセントに向けた。

 

「まま、だから通報した街と寺院それから東側の村とを繋ぐ転移ポータルを設置しておけば楽になるなと思って。それにこの村は面白そうだ」

 ヴィンセントは地図に視線を落としたままニヤリと口角を上げた。

 

「通称、魔女の村。出自不明な寺院の一方でこの村は情報が豊富だ。大戦を終結させた名君と名高い先先代国王ヨーゼフ1世が退位と共に出した恩赦とは別に、大戦に於いて多大なる貢献を果たした者たちに自身の領地や財産を分け与えた。その中のひとつが『その身を以て特別な献身を国に果たした魔女たちを讃え、褒賞として与えた土地』だそうだよ」

 ヴィンセントの表情が歪な笑みを浮かべた。

「ってことで、加菜子たちはここで降りてね」

「えっ」

 加菜子は信じられない思いでヴィンセントを見つめ返した。

「『わたしたち』って……わたしと、あいつで!?」

「もちろん」

 さらっと返されたが、加菜子には少し厄介な問題だ。

 ヴィンセントが少し眉を下げて加菜子に問いかけた。

「難しい?」

「というか……」

 

(あいつがわたしを毛嫌いしてるのよね)

 

 加菜子は頭の中で浮かんだ声に、心の中で首を振った。

 ヴィンセントに了承の意向で頷いてみせる。

「ううん、大丈夫」

 その様子を黙って見ていたヴィンセントが口を開いた。

「ねえ、加菜子」

 ヴィンセントが少し声を抑えて、加菜子にだけ聞こえるように話した。

 

「アデライトはああ言っていたが、原因・・のほとんどは僕にある」

 加菜子の肩が揺れた。

 

「ヴィンセントはいなかったじゃない」

「うん。だからだよ」

「……」

 そう返されてしまうと加菜子には何も言えなくなる。

 

「もちろん僕の一番弟子に責任が全くなかったとは言わない。でも、きみたちはまだ若いんだ、良くも悪くもね。だからやっぱり、もう少し歩み寄ってみて欲しいと思うのは……僕のエゴなんだろうけどさ」

 

 無理を押し通すものとは違う表情で、ヴィンセントは困ったように笑う。

 

(それは、ずるい)


 ヴィンセントは、自分の願いも叶えたいし、加菜子が取り繕って無理に飲み込むことも良しとしないのだ。

 ちょうど駅へ入る汽車の停車音が響いた。先に廊下へ出ていたフランが「早くしろ」と加菜子を呼ぶ。


 重たい荷物を抱え直し、フランについて行く。

 乗降口では同じく降りる人が数人いて、裾の長い婦人や子供は紳士に手を引かれていた。

 加菜子も行きの乗り口ではヴィンセントの手を借りていたことを思い出して、目の前にいるフランの背を見た。

 そして急斜面とあの高さをひとりで降りる覚悟を決めた。

 

 ところが、フランの番になると彼はとつぜん振り返った。

「荷物」

 言葉少なに加菜子の手から荷物を奪い取ると、彼はさっさと降りてしまった。

 加菜子は瞬きでそれを見送る。

 それだけでも意外な思いがしたのに、いざ加菜子の順番が来ると先に降りたフランがまた振り返った。

 不機嫌そうに手を差し出す。

 意図をつかめず加菜子がぼうっとそれを見ていると、フランは苛立ったように舌打ちした。 

「ドアに挟まれて死にたいなら、止めないけど?」

「……死なないし」

 加菜子が呆然とその手に自身のそれを重ねる。

 そのままフランが加菜子の手を握って、降りるのを手伝ってくれた。

 そして彼は自分が持っていた荷物を加菜子に押し付けて、車内のヴィンセントに一礼してから出口の方へまた歩き出した。

 

 加菜子は呆気に取られたまま荷物を見下ろした。

「……こっちの方が軽いじゃん」

 素直じゃない言葉が溢れた。

「気を付けていってらっしゃい」

 背後で、窓を開けたヴィンセントが笑顔で手を振った。

 加菜子はヴィンセントに「わかった」と返すつもりで口を開いた。

 けれど、なんだかそれは相応しくない気がする。

 加菜子はもう一度顔を上げた。

「やってみる」

 その言葉を聞いたヴィンセントは一瞬目を見開いてそれから嬉しそうに笑った。

 加菜子は気恥ずかしさを覚えてすぐに小走りでフランのあとを続いた。


(あいつにお礼を言いそびれた)

 

 ◇

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