第6話 牙を抜かれた魔女
暗転した視界が渦を巻いて開いた。
腑が持ち上がって落ちるような感覚。
加菜子は階段を数段飛ばした時のような浮遊感を感じた。
転移する前、フランが加菜子の躰を抱えるようにしたのはこの為だ。何度やっても慣れない。
ふらついた加菜子の躰をフランが支える。
「吐くなよ」
「だい、じょうぶ」
加菜子はフランの肩に手を置いて、深呼吸を繰り返した。
ヴィンセントから頼まれた転移ポータルの設置のためさっそく村長の許可を得てフランは崖下に魔法陣を結んだ。
「簡易式転移術。魔法陣が2つ以上あれば、任意で飛べるようになっています。そう広い範囲は使えませんが、今回は寺院までの往復を短縮したいだけなので」
フランは背後の村長たちへの説明としてこともなげに言ってみせたが、実際のところ転移術はかなり高度な術である。
旅の途中、転移術を使う前にヴィンセントが言っていたのだ。
「世界ってのは綿密に作られた層と層の重なりで、一方で生物というのは点の集合体だ。転移する前と先、そのどちらもきちんと把握してないと飛んだ先でなーんか足りなかったりするんだよね」
「な、何が?」
「手とか脳とか? ふふ、何もかもだよ」
このとき加菜子は死を覚悟したし、その後、改めて異世界で最初に出会ったのが高位の術者で良かったと心底思った。
「ところで」
フランがお婆さんたちに視線を向けた。
「貴女たちが寺院に気づかないと思えないのですが」
お婆さんたちは臆することなく肩をすくめる。
「村の人間は年に数回くらい村に被害がないか倒木がないかとかを確認する時くらいしか登らないんだよ。何せ、西の山に上がるには一度町に降りて向こう村まで回んなきゃならないからね」
「魔法って使えないんですか?」
加菜子が何気なくそう言うと、お婆さんたちは一際大きな笑い声を上げた。
「――アッハハハ!」
「魔法と来たか! そりゃいい!」
お婆さんたちの声に言い知れない激情を感じて加菜子は一歩下がった。
「そうさ、アタシらは魔女さ! 大戦で牙を抜かれた魔女なんだ」
「アンタらは若いものねえ。知らないでも仕方ない」
「アタシたちは魔術もろくな魔法も使えない。5人揃っても魔女のなりそこないなのさ」
お婆さんはフランを見てニヤリと笑った。フランがやっと何かを察したように顔を顰めて黙る。
「外の娘さん、魔女と――ううん、魔法使いと魔術師の違いはわかるかい」
お婆さんが優しそうな、可哀想な子供に聞かせるように加菜子に語りかけた。事情を知らない加菜子はヴィンセントが話した「特別な献身」という言葉を思い出した。
「そこの綺麗なのも含めて魔術師は、自らの体内で生成された魔力を使う。対して魔女や魔法使いは――これを星導力使いと言うんだが――天地のエネルギーを吸い上げて使うんだ。アタシらはこれを星の力と呼んでいるけどね」
ひとりの老女が語り出した。
「――その昔、全ての人間は魔法を扱えた。神の威光を誰もが目にし精霊と対話し、共存していた。だが、やがて魔法を使えない人間が生まれ始めると、魔術を研究し出して体内に魔力を生み出せるようにした。すると人間は神霊を見ることすらできなくなった。時は下り、魔術師の数が増える一方で魔法使いの数は激減し希少価値が生まれた。――そして40年前」
彼女は目を開いた。白く濁った瞳で虚空を見つめる。
「世界大戦が全てを破壊した。魔法使い以外は例外なく犠牲となった。魔女は魔法使いの代わりにあらゆる実験の道具にされた。今じゃ魔法使いと並んで希少な存在となったよ、皮肉なことにね」
だからねとお婆さんは優しく微笑んだ。
「アタシらが出来るのは、この村を守る結界を維持することだけ。それも王都から魔術師が術式を組み込んだ術布に少しばかり星の力を渡すだけ。それで精一杯なのさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます