第20話 整理する 1

 

 事情を聞いたフーゴはすぐに自警団員へ掛け合ってくれた。その日のうちに自警団員が町人の聴取を取り、特に関係ありそうな人間を翌日集め、加菜子たちが話を聞くことになった。

 

 2日ぶりに宿へ戻った加菜子は階下の居酒屋兼食堂でヴィンセントたちと夕食を取ることにした。席につくなりヴィンセントは人数分のエールと適当な料理を注文した。

「生き返るー!」

 彼は早速運ばれたエールを一気に飲み干した。やっと廃寺院で見つかった遺体をすべて街の麓へ運び切ったと言うのだから加菜子は良かったねとヴィンセントを労った。

「はあ〜疲れた、疲れた。腐った死体の運搬に、手続きうんぬんなんて雑用をこの僕に頼まないでほしいなあ、全く」

 

 早々に空いた杯を端に避けて2杯目を手に取ったヴィンセントがため息をついた。愚痴を垂れ流しながらヴィンセントは分厚いソーセージをばりっと噛みちぎる。次々にヴィンセントの注文した料理が運ばれてきたが、フランはあまり食への関心がなく、また尊敬する師匠の選ぶものなら決して文句を言わず残さない。そして加菜子もよほどゲテモノでなければ好き嫌いなく食べられるので、旅の途中からヴィンセントに丸投げする癖が付いてしまった。ちなみに加菜子は外であまり酒を飲まないので人数分のエールはフランとヴィンセントの分だ。

 

 加菜子も魚と野菜の煮込み料理を自分の取り皿に分けつつ彼の話に合いの手を入れた。

「でも、その割には素直に従ってるよね」

「はは!」

 半笑いのヴィンセントが何か文句ありげに加菜子へジトっと目を向ける。そんな視線を受け流し煮込み野菜を一口食べた彼女はここの食事も当たりだと心の中で評価した。

「だってヴィンセント、本当に嫌な時は梃子でも動かないじゃない」

「うん、それが僕だからね」

 加菜子の言葉にヴィンセントは当然だと言いたげな表情を作った。と思えば、すぐに視線を外す。

「そのはずなんだけどさァ……」

 自由気ままで自分勝手に周りを振り回す男にしては珍しく歯切れの悪い口ぶりだ。

「何?」

「この世で僕をこき使える人間が2人だけいるんだよねぇ」

「誰?」

 加菜子が続けて短く問うと、ヴィンセントは貝のように口を閉じてから首を振った。

「……ナイショ」

 自分で言い出したくせに彼は加菜子を避けるよう躰ごと横を向いてしまった。

 

 白身魚を頬張った加菜子は感動を噛み締める。それと同時にふたつのことを思い出していた。出会ったばかりの億劫だと口を溢しつつ旅をはじめたヴィンセント。開理人の手紙は放り捨てたくせに天秤の手紙にはすぐに従って、かつ道中まじめに寺院について調べていたヴィンセント。加菜子は何か得心した気になった。

 

「ふーん?」

「だから内緒だってば!」

 勘が鋭いなぁと嫌そうにヴィンセントはため息を吐き、残りのソーセージを一気に口へ放り込んだ。

 

 

 食事をあらかた片付け終えてからヴィンセントは本題へと入った。

「40体あった遺体のうち、ほとんどは短剣を使用した自死と思われるものばかりだったけど、2体だけ後頭部に鈍器で殴られたような傷のある遺体があった。室内と外にそれぞれ1体ずつ、どちらも男。外の遺体については謎が多いから一旦置いておくとして……室内の様子だけでいえば、よくある大魔法発動の生贄儀式だろうね」

 あの惨状を思い出した加菜子は思わず聞き返した。

「よ、よくある?」

「うん。有史以来、懲りずに繰り返されてきた儀式だよ。――その昔、魔法を失った人間が学問として作り上げた魔術は、極めるほど魔法と似て非なる矮小なものだと思い知らされた。だから魔術師たちはこぞってとあるものを求め研究に没頭した。それが奇跡の石、願いを叶える結晶石……一般的には、エリクサーと言われるかな。完全な・・・エリクサーならば、どんな法則も外れた大魔法を使えると考えられていたんだ」

 

 ヴィンセントは面白そうに目を細めた。

 

「エリクサーはね、作れるんだよ」

 加菜子はギョッと目を見開いた。そんな事が可能なのか。

 

 ところがヴィンセントはすぐにネタバラシをするように両手を広げて続けた。

「夢を壊すようで悪いけど、紛い物さ。そもそも今の魔法使いでさえ大魔法を扱える者はいないんだ。エリクサーを作ってみたからこそ分かったんだよ、願いを叶える結晶石や本物の大魔法なんて夢物語だとね。でも一応作れる、ということにした。大魔法へ到底至ることはない、小さな奇跡を叶える結晶石をエリクサーと呼ぶことにしたんだよ。これは魔術師の諦めであり、人類の見栄なんだ」

 またケムに巻いたような言い方をする。加菜子から明らかな抗議の視線を受けて、ヴィンセントは仕方ないだろうと言うように苦笑いを浮かべた。

「あのねえ、現状の結晶石をエリクサーと呼んでいいものかどうかって魔術師の間でかなり議論される話題なの。魔術学院ではエリクサーの単語事態が禁句になってるし。昔それで校舎の1/3を吹っ飛ばす事態に発展したからね」

 だから言い方がややこしくなっちゃうのは勘弁してよとヴィンセントがジョッキをあおった。

「なる、ほど?」

 一応納得した加菜子だったが、それよりもヴィンセントの言い方では彼が学校に通っていたらしい事実のようで、そちらに少し衝撃を受けていた。

 

(この人に協調性とかってあるのかな)

 

 ないだろう、と内心で反語を作った。


 すると、加菜子の悪意を感じたのかヴィンセントから怪しむ視線が刺さった。

「なーんか失礼なこと考えてない?」

「イイエ」

 目を見つめ返し、真っ向から嘘を吐いた加菜子は続きを促した。

 

「……とにかく、現状の結晶石をエリクサーと呼ぶってことで話は戻るんだけど。それを作るには魂のエネルギーが必要でね」

 

 加菜子は頭が痛くなりそうだ。また魂、エネルギーときた。この世界の説明で何度聞いただろうか。

 

「これは人が死ぬ時に肉体から魂が離れるエネルギーのことを指す。もっと正確にいえば魂が世界へ溶け帰るエネルギーのことなんだけど、面倒だから魂のエネルギーと呼んでるんだ。で、本来世界へそのまま返すはずの魂を遠回りさせて一時的にエネルギーを借りるてるからか理由は分からないけれど、魂のエネルギーを用いた魔法は、必ず行使した場所に魔法陣が残る」

 

 加菜子は寺院でのヴィンセントの発言を思い起こした。

 

「そう、あの寺院の床に刻まれていた『聖石の刻印』と『大願の紋章』はまさにその痕跡だよ。『聖石の刻印』は魂のエネルギーを使ったエリクサーの結晶化、『大願の紋章』が魂のエネルギーを元に作ったエリクサーでの大規模な魔法を発動する為の魔法陣。……そこまでは分かるんだ。でも大事なのは、38人分のエリクサーを使って実際に何をしようとしたのか……いや、何をしたかの方」

「それは分からない、と」

「さっぱり!」

 ヴィンセントがお手上げだと言いたげに、椅子の背もたれへ凭れた。

「大願の紋章は大魔法発動の痕跡であって、肝腎要のペンシルで結ばれた魔法陣はほとんど消されてしまっていたからね」

 

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