第18話 疑惑
朝。
これまでで一番すっきりと加菜子は目覚めた。昨日は丸一日受容器の開閉に挑んで倒れるように力尽きた。しかし、その疲労も残っていない。
時計をみると居候にあるまじき寝坊をしていたことに驚く。慌てて階下へ降りると、お婆さんたちはすでに朝の仕事を終えていた。寝坊した加菜子を特に怒ることもなく、じっくり眺めてから「もう大丈夫だね」と太鼓判を押した。
「あとは器の開閉が自分で出来るようになれば、一昨日みたいに魂が簡単に外れるようなことはない」
そう言われて加菜子は安心した。
「もう少しで出来そうなんだけどねえアンタ」
とお婆さんが嘆息したが、加菜子には近付いているような、遠ざかっているような感覚だった。
「力の入れ具合も慣れてきているし、エネルギーの掴みも悪くない。ま、あとはひたすら力まず頑張ることだね」
そういえばと加菜子が少し疑問に思っていたことを口にした。
「最初の日に言っていた『普段使わない力や感覚を呼び起こすためには、躰に力が入らないくらい疲れるか、ハイになるくらいがちょうどいい』って言っていたけど、ハイになるってどういう意味なの?」
すると1人のお婆さんがニッと笑った。
「おや、興味がおありかい?」
すると別のお婆さんが嫌そうな顔をして止めた。
「やめとくれよ。カナコに薬を使ったって知られたら、5人まとめて消し炭にされそうだよ」
お婆さんたちは笑い合った。
「ま、でもちょうど乾燥の終わったやつがあるから、見せるだけ見せてあげようかね。知らないで損はないさ」
そう言ってお婆さんが暖炉の上に置いた薬草瓶を引っ張り出した。加菜子の前に束となった乾燥したものを取り出して見せた。
「これはバニスペヨーテと言ってね、こんな風に乾燥した状態なら問題ない上、お茶にするとほとんど副作用のない鎮静効果が得られる」
けれど、と老眼鏡をズラしてお婆さんは警告した。
「乾燥していない生の状態は危険だから避けるんだよ。傷のない状態で触れるだけならいいが、長く嗅ぐのはおすすめしない」
そう言いつつ乾燥したそれを鼻先に出されて、加菜子は少しのけぞった。
「……毒物なの?」
「死にはしないがね。幻覚を見る、眠くなる、筋肉を弛緩作用がある」
少し嗅いでごらんと言われて、加菜子はおそるおそる顔を近づけた。
「いいかい、アンタは若い女だから特に気をつけなきゃいけないよ。これはレイプドラッグにも使われる、その手の意味では悪名高いやつだからね。酒に混ぜられたらまず分からないのさ。少しでもこの匂いがしたら、飲んじゃダメだからね」
それはスーッと清涼感と甘さのある香りで、嗅ぎ覚えがあった。
「村の入り口から左の脇道を通って崖の下へ向かうとね、こいつの群生地がある。毒と薬は表裏一体。天然のバニスペヨーテは年々減少しているらしいからこれでも貴重なんだ。でも、足を踏み入れないように気をつけるんだよ」
すっかり顔を引き攣らせた加菜子に、お婆さんが苦笑いを向ける。
「何、気を付けていれば怯えることはない」
「違うの、おばあさん……」
震えた声で加菜子は言いかけ、一度2階へ上がってからハンカチを見せた。
「これ……」
お婆さんはまさかとそれをサッと嗅いでから厳しい顔をした。
「アンタ、これを一体、誰から貰ったの?」
「……3日前、寺院の調査をする時に巡察隊の人から」
それは巡察隊副隊長ミヒテから手渡された、オリバーの私物だった。
◇
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