第34話 死の刻印
少し落ち着いてからヴィンセントはまた人形を持ち上げた。
「一時とはいえ、よくこんな物が機能したなぁ。怖いくらいだ、久々にびっくりしたよ」
「そんなに?」
彼はなんでもない世間話でもするような口調で続けた。
「なんて言えば良いのかな……少し齧っただけの素人がスラムのゴミ山から材料を集めて、なんとか急拵えで鉄道のレールを作った感じ、と例えたら、僕の感じてるすごさと怖さが分かる?」
言った後、ヴィンセントは自分で笑い飛ばした。
「机上の空論を現実に出来る魔術師なんて早々いないよ。いやァ、ハロルド大司教に会ってみたかった!」
惜しい人を亡くしたね、とヴィンセントは軽い口調で締めた。
村人のうちある男がおもむろにヴィンセントへ問いかけた。
「なあ、アンタは強い魔術師なのか?」
「うん」
ヴィンセントは間髪入れずに肯いた。いっそ潔いほどの躊躇いのなさだった。
村人は硬い表情で、伺うような素振りを見せた。
「……もし、あそこにいたのがアンタみたいな魔術師で……。もし、ほ、本物の魔女だったら、厄神をきちんと封印出来ていたのか?」
部屋の中に言い知れぬ緊張が走った。村の男は怯えるような表情で、縋るような視線を決して他に逸さぬようヴィンセントにだけ注いだ。
当のヴィンセントはというと。彼をたっぷり観察してから、意味深な笑みを作った。
「……君たちの“本物”が何を指すのか、僕には分からないけれど。力のある者だったらあるいは、とだけ」
村人たちは一様にざわついた。やっぱりと金切り声を上げる者もいた。その村の男は欲しい答えを得て安堵するかのような、絶望したように黙り込んで椅子に深く腰掛けた。
それからポツリと誰かが悔しそうに言った。
「どうして、5人もいてこんな成り損ないしかいないんだ……っ」
そのセリフが終わる前に椅子を倒すほどの勢いで誰かが立ち上がった。
「やめろ……!」
喉から搾り出すような声で――マーカス村長が呻くように発した言葉へ怒りを滲ませた。あんなに腰の低い、さきほどは冷静で頼もしかった人が俯いて躰を震わせていた。
「そ、村長」
その反応をまるではじめて見たように村人が驚き、彼を宥めるように数人が声をかけた。騒然とする村人たち。
「『どうして』?」
ヴィンセントが誰かの言葉を繰り返して、底意地の悪い笑顔を浮かべた。
「それは君たちが一番よく分かってるんじゃない?」
そう言うと、彼は立ち上がり出入り口へゆっくりと向かった。
「“聖石の刻印”然り、“大願の紋章”然り、魂を対価にすることで得られる魔術魔法、その多くは必ず行使した場に刻まれる。そして、それが簡単に消えることはない」
ヴィンセントは地面を指した。
「――ところであの魔法陣は、一体なんだろうね」
花屋の前、覆われていたシートはヴィンセントが門扉をこじ開けた衝撃で吹き飛び、魔法陣が露わになっていた。
「これは“死の刻印”と呼ばれる。どれだけ熟練の魔術師でも、死の間際に自分の魂を対価に大魔法を展開できるのはごく一握りの術者だけだ。高位の資格を持つ魔術師であっても、聖石の刻印、大願の紋章と段階を踏まなければならないのが殆ど。何故なら、自分の器を完全に把握することは、魔術師にとって難しい。だから僕たちはこれを見ただけで、並の魔術師じゃないと分かる。――ああ、そうだ。さっきの台詞を訂正しよう」
振り返ったヴィンセントの視線に鋭さはない。しかし、村人たちを縫い止めるには充分だった。
「お前
ヴィンセントがそう告げれば、誰かの喉から悲鳴が漏れた。
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