第53話 見守る
フランが切符を手配しに行ってる間、加菜子とヴィンセントは荷物持ちとしてベンチに並んで座っていた。
ヴィンセントがふいに声を掛けた。
「ねえ、加菜子」
荷物を膝に抱えた加菜子へ何かを寄越した。特に装飾もない、簡素で小さな箱だった。開けてと言われて中を見た加菜子は、怪訝な顔で箱とヴィンセントとを交互に見る。
「なに、これ?」
小さな赤い石の付いたピアスだった。
「お礼」
「何の?」
加菜子の声に怪しむ色が強くなる。一方で、ヴィンセントは微笑みを返した。
「行きの汽車で僕がお願いしたこと、叶えてくれたから」
そう言われ、加菜子はしばし固まった。
「フ……あいつも、尊敬する師匠の言い付けとはいえイヤイヤながら頑張ってた、ので」
ぼそぼそと言い訳めいた言葉を吐き出して、加菜子は口を尖らせた。
「あはは、加菜子もフランのことになると素直じゃないねえ。僕は、あいつに何も言ってないよ?」
うそだという言葉は飲み込んで、加菜子は言い返した。
「でも、こう……師匠の意向を汲んで、わたしに歩み寄ってたんじゃないの?」
ヴィンセントはさすがに呆れた顔をした。
「僕とフランをなんだと思ってるの? これでも一応、まっとうな育ての親でもあるからね? ……それに、あいつも大概、本当に嫌なことは梃子でもしないタイプの人間だよ」
加菜子は目を瞬かせた。
子育てをするヴィンセント、想像出来ない。ヴィンセントに反抗するフラン、想像出来ない。
「ヴィンセントが命令しても?」
「僕がお願いしても」
ふーんと加菜子は唇を突き出した。
そして諦めずにまた話を戻す。
「で、これは何?」
「だからお礼だって」
繰り返すヴィンセントを加菜子は見つめ返してはっきり言った。
「あのね、男性が下心……気の無い相手にアクセサリーを贈るって普通ないでしょ? それに、ヴィンセントのことだからなんか魔術とか掛けてるよね?」
「加菜子がどんな男性経験を経たのか、なんとなく想像つくね」
ヴィンセントがかわいそうなものを見るように加菜子に目をやった。
今はわたしの話はいいと、加菜子は語気を強めた。
「ふざけないで」
「あら、誤魔化されない」
少しヴィンセントから尻尾が出たので、加菜子は畳み掛ける。
「なんかGPSとか付いてない? 盗聴器とか」
「じー……何? 盗聴器は付いてないよ」
本気でヴィンセントが首を傾げたので、加菜子は誤魔化した。
「なんでもない、それならよかった」
「位置情報が分かるようにはしてるけど」
「しっかり付いてるじゃん!」
「ええ?」
加菜子が突っ込むと、ヴィンセントは困惑したように驚いて見せた。
そして降参だというように肩をすくめた。
「本当はさ、館を出る前に渡したかったんだけど、この石を手に入れるのにかなり苦労して」
「はあ、さっきの言い訳も嘘なわけね」
「まるっきり嘘ってわけじゃないよ」
やだなあ、とヴィンセントが笑う。
「でも、わたしのプライバシーは?」
「それは大丈夫」
何が大丈夫なのか聞きたいところだが、ヴィンセント相手に情報を引き出すのは骨が折れるので加菜子は潮時かと諦めた。たぶん、空の器と呼ばれる加菜子の安全の為なのだろうから。
(そう言えば、どうしてわたしはこの世界の言葉が分かるんだろう?)
いまさらながら加菜子は当たり前の疑問を抱いた。
ヴィンセントが笑みを浮かべて加菜子を見る。
「ね、生きてると楽しいこともあるでしょ」
「あんな血生臭いもの見て、よくその言葉が出て来るね」
加菜子は呆れ返った。
それから、小さな声で呟いた。
「……ヴィンセントは、何も言わないね」
「うん?」
「何かもっとこうした方がいいとか、アドバイス? みたいなの」
「欲しい?」
加菜子は首を振った。
「だって加菜子たちから見たら、僕はまぁ良い大人だろう? 僕がそれらしい正しさを教えるのは簡単だけど、それじゃ意味がない」
ヴィンセントが穏やかに言った。
「僕にとっては、フランも加菜子も同じ。たくさん間違えて、悩んで、僕たちを振り回すといい。君にはその権利がある。少しばかり自由がないんだからって、威張ればいいんだよ」
ヴィンセントが荷物を持ち替えて大きな手を加菜子の頭に置いた。
「僕は大概、碌でもないからね、これでも自覚はあるんだ。それを変えようとも思わないけど。でも、フランや加菜子の帰る場所にはなろうと思うよ。……僕の師匠の受け売りなんだ。『寂しい目をした人を放って置けない』って」
そう言って、彼はまるで子どもにそうするように加菜子の頭を優しく撫でた。
加菜子はむずがゆいような、面映い気持ちでその手を剥がすかかなり悩んで、結局されるがままにしておいた。
◇
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