第16話 訓練 2


 目の前に昨日の魔術装置と真っ黄色のかぼちゃが並べて置かれた。

 

「昨日の続きだ。魔術装置の中に絵の具を入れてある。それを使って今度は、このかぼちゃの中身の色を変えるんだ。こんな風に」

 お婆さんが魔術装置を起動させてしばらく経つと、おもむろにかぼちゃへ包丁を入れた。

 真っ二つに開かれたかぼちゃの種が紫色に染まっていた。

「分かったね?」

 加菜子は内心難しい要求をされていると思いつつ、頷いた。

 

 エネルギーの扱いは何度か復習するとそれほど難しいことはなく、あらかじめ貯蔵された術布からエネルギーを移すだけなら加菜子1人でも魔術装置を使えるようになった。

 

 しかし、

「……ああ、これは失敗だ」

 ため息を吐いたおばあさんが見事にまるごと紫色へ変色したかぼちゃを退かした。加菜子はおぅと声を漏らした。

「これ食べられる?」

「皮だけだからね、剥いちまえば問題ないさ」

 腰に手を当てたお婆さんがなんでもないように答えた。ふうと息を吐き出して、加菜子は水を飲んだ。

「もっと、このかぼちゃの中身を考えるんだよ!」

「かぼちゃの、中身……」

「皮の厚みは? 実の柔らかさは? 見なくていい、アンタの頭の中でこのかぼちゃを形作るんだ」

「形作る……」

 目に見えない作業をやり続けて何かが限界突破した加菜子は、お婆さんの言葉をおうむ返しするだけで精一杯だ。

「とりあえず目を瞑ってご覧。……閉じたね? アンタ、目の前にあったかぼちゃを思い出せるかい?」

「たぶん」

 加菜子は頷いた。

「じゃあそっくりに書ける? シミ、色合い、形も全て」

「ええ?」

 加菜子は目を瞑ったまま眉を寄せた。

「それは、難しいかも……?」

「そうだろう。目に見えてるものをくっきりと覚えてる人間は少ないんだ。でもそれで困ることはあんまりない。何故だと思う?」

「なんでって……みんなも適当に覚えてるから?」

「そう。みな目の前にあるものを見ているようで見ていない。見たいように見る。それなら、アンタが作ってしまっても大したちがいはないとは思わないかい?」

 問われて加菜子は口を引き結んだ。とうとう2周目の限界が来たらしい。

「なんか難しいこと言ってるー!」

 加菜子は思わずテーブルに突っ伏した。お婆さんたちがため息を吐く。しようのない子供を見るような視線が加菜子へ突き刺さるが無理なものは無理だ。

「まあ、一度息抜きしなよ。昨日から慣れないことの連続で覚えられないだろう」

 お婆さんの1人が助け舟を出した。

「何か慣れた作業はない? これって決めた手作業を挟むと案外、腹に落ちやすいよ」

 加菜子は未だ突っ伏したまま、しばし考えて沈黙した。

 

 これといった趣味のない加菜子が小中高と続けているものがあった。

 

 おもむろに額を上げる。

「本棚を、整理してもいいですか?」

「ん?」

 お婆さんたちが瞬きをした。

「わたし、本棚を整理するのが趣味でして……」

 こだわりの少ない加菜子が唯一ずっと続けていたのが図書委員だった。

「変わった趣味だねえ。まあいいさ、好きにやりな」

「やった!」

 

 加菜子はいそいそと椅子から立ち上がると、本を床に一時的に置く時に使う大きな布を求めた。

 


 2時間ほど掛けてやり遂げた仕事をお婆さんたちへ意気揚々と加菜子はお披露目をした。

 

「キッチンには基本のレシピ本や世界各国の料理図鑑はもちろん珍しいスパイス棚には一緒に小本を入れて調理中迷った時調べやすいようにしました。リビングには編み物図案、薬草図鑑、穀物図鑑を分けて入れてあります。本以外の例えば薬草はラベリングしてから分類分けをしなるべく重いものを取り出しやすい位置に、上はあまり使わない軽いものを入れて、その中間に本を入れるようにしたので、配置が少し変わっても取り出しにくいことはないのでご安心ください!」

 

 鼻息荒く嬉々として語る加菜子。


 呆気に取られるお婆さんたちだったが、各々が徐々に動き出した。

 日々の料理中たまに新しいレシピへチャレンジしようと思いつくが仕舞い込まれた本に手が届かず、結局いつもの料理になってしまう悩みがあったと言うお婆さんが「これなら新しいものにとっかかりやすい」と笑った。

「図案も取り出しやすくなってるねえ」

 手で覚えてる編み物のレパートリーが固定されてしまい図案を引っ張り出すのを億劫に思っていたというお婆さんが椅子に座りながらそう言った。

 

「ねえ、アタシらが見分けられるのかい?」

 ソワソワと仕事の出来を気にしていた加菜子は首を傾げた。

「ほら、見分けづらいだろう?」

 

 お婆さんたちはよく似た背格好をしている。並んで比べれば違うと分かるものの、少し離れると見分けにくいとは思っていたが改めて見ると顕著であった。

 

「アタシらは血縁でもなんでもないんだけど、大戦の招集でひとところに集められたんだ、いわば居合わせただけの他人だった。けれど、まあろくでもない実験でアタシらは混ぜ合わせられちまってね。そのせいで我が子同然に育てたマーカスでさえ正確に見分けるのは難しいんだよ」

 あの腰の低い村長を思い出した。

「……正直、個別認識できてるかと言われるとそんなことはないんですけど。ここに座ったお婆さんが何をしていたのか、その人が何に興味があるのかを覚えているんです」

 加菜子が正直に言うと、お婆さんたちは少し驚いたあとで笑い出した。

「アンタには誰とも違う、物を正確に視る力があるようだね。なんだい、だったらすぐに身につくと言うものさ」

 

 再びかぼちゃと向き合った加菜子にお婆さんが言った。

「カナコがやりやすいように、やってごらん」

 加菜子は細長く息を吐き出して、目を閉じた。

 

 頭に絵で描いたようなかぼちゃが現れた。

 違う。

 まな板の上に置かれたかぼちゃのようなものを想像する。

 これも違う。

 この手で、テーブルへ置いた時の重さを思い出す。手触りを、質感を、日に当たりすぎた側面を。

 

 加菜子は静かに目を開いた。

 

 お婆さんが全て分かっているように微笑んでいる。

「出来たね」

 視線で不安を訴える加菜子にお婆さんが包丁を持たせた。

 

 刃を入れて開けば、かぼちゃの皮と実はそのまま。ちゃんと種がある部分だけ紫色に染まっていた。



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