第3話 魔女の村 2


「それより、なんだってまたこんな辺鄙な村へ?」


 隣のお婆さんが加菜子の取り皿にスコーンを追加しつつ話を振った。


「観光なら町の方が賑やかだし、旅の人間ならなおのことこの村から山越えは無理だろう?」

「どうして?」

 加菜子が尋ねるとお婆さんが躰をひねり「ほら、見えるかい?」と背後の大きな窓から見える山を指した。


「この村の後ろにある西の山は先の大戦中に地割れが起こってね。綺麗に横一線、すっぱり崩れちまった。今はあの通り、こっちからは断崖絶壁しか見えないし他に抜け道もないんだ」

 

 村の奥にそびえる切り立った崖を見て加菜子は合点がいった。あれでは山というより、巨大な石壁のようだ。

 

 話を聞いていたフランが口を開く。

「でも宿泊客が全く来ないなんてことはないでしょう」

 お婆さんは唸りながら答えた。

「うーん民宿なら村長の家でやってるけど、大抵の人は陽が高いうちに町へ戻るね。何たって2時間あれば回り切れちまう狭い村だから。泊まるなんてのは、学者だとか研究者だとか、それこそ魔術師ばかりで……」

 

 誰かが小さく息を呑んだ気配がしてお婆さんの言葉は尻すぼみに終わった。

 

「こんな辺鄙な田舎に泊まるより、麓の町の方がおすすめさ。特に最近は新しいカフェーが出来たんだけど、若い男を眺めながらのむ珈琲が美味いもんだよ」

「やだよ、あんたみたいなババアに見つめられたら、それだけで生気が奪われそうじゃないさ」

「うるさいねえ、あいこだろうに」

 別のおばさんが茶目っけたっぷりに話し始めたのをきっかけに和やかな雰囲気が戻ってきた。

「アタシはてっきり新婚旅行かと思ったんだけど」

 さきほどフランを見て嘆息していたお婆さんが微笑んだ。

 

「し!?」

 加菜子は飲みかけの紅茶でゴホゴホと咽せる。

「ありえない」

「違います!」

 フランと加菜子の声が重なった。

 それを合図に二人はゆっくりと互いへ顔を向ける。

「……ありえない」

「こっちだって」

 眉を顰めてもう一度呟いたフランの顔は心底心外だと言わんばかりで、加菜子は無性に腹が立った。

 二人の睨み合いはしばし続いたが、先にフランが目を逸らした。

「はあ、何で僕が」

 フランはため息をついてから無言で顎をしゃくり、加菜子に指示した。

 加菜子は苛立ちを抑えて正面を向いた。

 

「実は、わたしたちはあの山の寺院で起こった事件の調査をしているんです。それでこちらの村にもいくつかご協力をお願いしたくて、いま村長さんを呼びに行ってもらっているところで」

「……事件?」

 

 お婆さんたちの顔が一斉にこわばった。

 加菜子はその反応に戸惑って目を瞬かせた。

「三週間前に、向こう村の人が寺院で発見して……って、あの、ご存知ないですか?」

 不安になって彼女達へ逆に尋ねた。

 

「寺院……? あの山奥・・に寺院なんてあったのかい?」

 お婆さん達は胡乱そうな声で答えた。

(あれ?)

 加菜子は胸に小さな違和感を抱いた。

 

「おとうさん、よんできたよ!」

「遅れて申し訳ありません」

 そこへ元気な少女と男性の声が割って入った。

 加菜子がお使いを頼んだ少女と、その子に手を引かれた年嵩の男性が開けっぱなしの玄関から入ってくるところだった。

「村長……さんでしょうか?」

「うん」

 少女が元気よく答えた。それを男性が嗜める。

「こらリリア、大人の会話に入ってはいけないよ。少し外に出ていなさい」

「はーい」

 少女が外に出たのを見て、男性が再び向き合った。

「――すみません。一応私が村の代表ということで、村長を任されているマーカスと申します」

 迂遠な言い回しで名乗ったマーカス村長は腰が低そうな男だった。

「それで、ご用件とは?」

 村長は加菜子とフランを交互に見て伺うように尋ねた。

「えーと……」

 加菜子はどう切り出そうか迷った。

 

 さっきのお婆さんたちの様子をみるに彼らは事件についてほとんど知らないだろう。ならば加菜子から聞く話は、平穏な村で暮らす彼らに衝撃を与えてしまう。

(そのパターンも考えておけば良かった)

 甘かったな、と逡巡する加菜子をフランが手で制して代わりに口を開いた。

 

「西の山の寺院で、集団自殺があったことをご存知ですね?」


 村長は気圧されたように肩を軽くのけぞらせた。

 フランのまっすぐな声には、嘘や偽りを許さない清廉さがあって心臓に悪い。横で聞いてた加菜子までなんだか苦しくなる。

「いえ、……いや、ええ。はい」

 村長は煮え切らない返事を返した。加菜子が意味を測りかねていると、彼は慌てて付け足した。

「その、まだ私含めてこの村では数人の顔役しか知りませんことで……」

 

 フランは一度、注意深く部屋の人間を見回してから続けた。

「何らかの宗教的儀式の可能性があると天秤は判断し、我々に調査を命じました。つきましてはこちらの村にも協力を願いたい」

「天秤……」

 それを聞いた村長の顔はみるみる血の気が引いたように青くなった。


 そもそもの話は二週間前に遡る。


 ◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る