第22話 整理する 3


 ヴィンセントはもう一度整理しよう、と再び話し始めた。

「あの寺院は疫鬼を封印するための場所だった。壊された石碑は封印結界の役割があったはずだけど、破壊によって封印は解かれてしまった……もしくは生贄儀式で呼び起こしたか、だね」

 ヴィンセントは自分でそう言ってから違和感を抱いたように首を捻った。加菜子が口を開いた。

「ツギハギだって言ってたよね」

 その言葉に彼は頷いた。

「僕としては、外にあった人形へ何かが封じられていた痕跡がたいへん不思議でね。あれは古いものじゃない、恐らく生贄儀式の前後で使われたものだ。死んだ場所に意味があるのなら、その身元不明の男が封印したのかな」


 加菜子はあの寺院で視た映像を思い出した。

 

 祈り、希い、振り下ろされた短剣。

 いや、違う。

 恍惚とした表情で、何かを待ち侘びて。

 彼らは自らを貫いたのだ。

 

 ふと加菜子は疑問が湧いた。

「なんで、自殺なんだろう」

 

 倫理観を度外視すれば、人数分の短剣を用意していちいち全員の自死を期待するなんて面倒だ。インターネットで自殺志願者をあらかじめ募っても、うまくいかないことが多いと言うのに。それがないこの世界では、いわんや。

 

「最初から、誰かに見てもらうつもりだったのかな」

 加菜子がそう呟くと、ヴィンセントとフランが少し驚いた顔でこちらを見た。

「どうしてそう思ったの?」

 面白そうに目を細めるヴィンセント。加菜子は少し迷い、二度ヴィンセントへ視線を上げ下げしてから話し始めた。

「ほら、お寺で集団自殺が起きたって聞くと、なんかこう……宗教的な観念とか教義を元にそうしたのかなって思うじゃない? でもヴィンセントがありふれた生贄儀式だって言ってたから、じゃあ違うなって。寺院でやるなんて、まるでその逆、わざと罰当たりなことを選んだような」

 自分の中の違和感を言語化するのに慣れていない加菜子は、もどかしい気持ちで頭を働かせた。

「だってエリクサーを作る為に38人もの生贄を用意して、手順の分かりきった儀式を選んでまで確実に成功させたい魔法、叶えたい奇跡があったはずでしょう? なのに、わざわざ誰も知らないような山奥の廃寺で、生贄自身に自死を強要するってリスク……何か矛盾してる気がするというか、まるで手段が目的みたいな」

 言葉半ばで口を閉ざした。これ以上、加菜子には上手く言えない。

 

 元の世界でも古今東西、それこそ現代になっても宗教的意味合いをもつ自死、他人を大勢巻き込んだテロがあった。しかし、目的がなんであれいずれも第三者が発見出来る形でなくては意味がなかったように思う。人は、自分の生も死も意味があると思い込んでいるからだ。

 

 ヴィンセントとフランは揃って腕を組み、黙り込んだ。

 

 また沈黙がしばらく流れ、見当違いな意見を聞かせてしまったかと加菜子の不安が最高潮に達した頃。考え込むように視線を落としていたフランが呟いた。

「……何故、自殺なのか、か。たしかに生贄儀式を執り行えるほどの実力なら、魔術でひとまとめに殺した方が確実だったはず。けれど、自殺・・でなければならない理由があったのか」

「どうも魔術師にとって生贄儀式による召喚と封印は相反するものに映ってしまうけど、その考えを一度取ってみた方がいいみたいだね」

 次にヴィンセントが続けてそう言うと、フランは代わりにしばし塾考し、それから何かに気が付いたように口を開いた。

「……外の男が異質なんじゃなく、そいつこそがこの事件の中心人物なのかもしれません」

 そう言ったフランにヴィンセントも同調するように頷いた。

「――うん。加菜子の言うとおり、舞台は何故選ばれたのかが大事だ。あれは単なる生贄儀式などではなかった。恐らく、たった1人の観客のために開かれた舞台であり、その観客はきっとあの男なんだろうね」

「明日、近隣で目撃情報がないか男の足取りを追ってみます」

「そうだね。でも、まずは町人からの話を聞いてみよう」

「はい」

 2人だけで話が進んでいくのを見守っていた加菜子は少し息をついた。こんな風に思いつきで自分の意見を聞かせるのは初めてで実は緊張していたのだ。

 

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