第11話 異変
◇◇
夢を、見た。
葬式が終わり祖母の部屋で遺品整理をしていた頃の夢だ。
生前ろくに顔を見せなかった叔父が段ボールに荷物を詰める加菜子の隣で喚き散らしている。
……で、……だったあの女を
……爺さまが無理やり……
気味の悪い……で……だと騙されて
……が死んでからは……が相手をして……
飲んだくれて要領を得ない叔父の言葉で祖母の小さな部屋が満たされる。神聖な場所が穢されていく。
……最後は……なんて押し……惨めな売女だ
……て……た俺たちに……権利が……
段ボールから取り出した包丁を握ると、加菜子は躊躇わず叔父の首を刺した。
倒れた彼の上で馬乗りになって、何度も、何度も、何度も。刺して、刺して、刺し続けた。
「はあ、はあ……は、はは」
滅多刺しにした叔父を見下ろした。
なんて酷い死に顔だ。
「ははは!」
――ああ、あの時だって、
血濡れた包丁を投げ出した。
もう、くたびれた。
もう、いい。
立ち上がった時、加菜子の左足に砂のようなものが触れた。
ああ、これは祖母だ。
その灰の中に小さな紙切れがひとつ。
それを掬い上げると、祖母らしい細い字で綴られた宛名の後には一言だけ遺してあった。
《加菜子へ――》
そうだ。
だから、わたしは。
◇◇
暗い部屋で加菜子は目覚めた。
隣の部屋から小さな物音を聞いた気がしたのだが、ずいぶん前のことのようでもある。
黒猫堂を出たあと、しばらく滞在するのに必要な買い出しを終えてフランと宿へ戻った。ところが広い1人部屋でヴィンセントの帰りを待っているといつの間にか眠ってしまっていたらしい。
開け放たれた窓の外はまだ薄明るい。陽が落ちる寸前だろうか。
上半身を起こすと頭がガンガンと痛んで目を閉じた。
思えば、寺院を出たあたりから躰がいやに重かった。
けれど眠りへ落ちる直前に感じた痺れのような怠さは無くなっている。
(きっと疲れが出たんだ)
そう思えたことに加菜子はホッとした。
どちらかと言うと丈夫な自分の躰を気に入っている。でなければ、異世界にきて何ヶ月も旅は出来なかった。
「ああ、やっと起きたね」
誰もいないと思っていた部屋の隅から男性の声がした。加菜子が躰を強張らせて部屋の隅へ視線を走らせると、一等暗いところで黒に溶けるようなシルエットが浮かび上がった。それが見慣れた姿だと徐々に認識出来るようになった。
ヴィンセントだ。黒装束姿の彼は本を片手に脚を組み、椅子へ腰掛けていた。
加菜子は詰めていた息を吐き出した。
「ありゃ驚かせた? 勝手に入ってごめんね。でも加菜子、全然目覚めないから心配してたんだよ」
その言葉に加菜子は驚いた。
「わたし、そんなに寝てた?」
瞬きもせずに加菜子をじっと見ていたヴィンセントが窓の外を指した。
「もう夜明けだよ」
「え!?」
慌てて立ち上がると加菜子は窓枠を掴んだ。
もう一度窓の外を見れば月は白み陽が登ろうとしていた。すっかり夕方になってしまったと思っていたがそうではない。
「半日以上寝てたの……」
加菜子は呆然と呟いた。
それをヴィンセントがただ静かに観察している。
「疲れもあるけれど、問題はそれだけじゃない」
加菜子はヴィンセントを振り返った。そこでやっと彼の視線が、向けられる表情が、普段と違う鋭さを孕んでいると気が付いた。
いつもの薄笑いを浮かべているが、その気配からは一分の隙も見せない。強敵を前に楽しげで挑むような、それでいてじっくりと相手の情報を漏らさぬような並々ならぬ視線でヴィンセントは加菜子を――その中身を見つめていた。
加菜子は所在ない気持ちで居心地が悪くなって目を逸らした。
「どちらにせよ、このままにしておくのは大変良くないね」
静かに本を閉じると彼はいつものヴィンセントらしい軽薄な態度を繕って加菜子を安心させた。
「もう少し明るくなったら魔女の村へ行こう」
「……どうして?」
ヴィンセントが笑みを少しだけ深めた。
「僕よりも彼女たちの方が適任だからさ。それに、魔術師じゃそれをうまく教えられない」
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます