最終話 あきらめないで望んでいい?

「カミリヤ選手! 見事な勝利、お疲れさまでした!」


 レイは表彰台に立ち、記者達に向けられた多くのマイクに向かって頭を下げると頭を覆っていたメットを取った。本来ならレーサーはメットを外すことはない。だが自分はもう素顔は過去にさらされているし、これが本当に最後の引退インタビューだから。


「カミリヤ選手。長い間、レースに出場しなかったというのに復帰したこの一年のご活躍は本当に見事でした」


「ありがとうございます。僕もこんなに走れるとは思いませんでした。頑張ってくれたアルグレーターにも本当に感謝です」


 あれから一年、アルグレーターは本当によくやってくれた。高齢なのにレース復帰をする際に「一緒に走る?」という問いかけをすると嬉しそうに甲高い声を上げてくれたのだ。


「カミリヤ選手の騎乗したアルグレーターといえば、一年前にルーキーカップでマーチャード選手を勝利に導いてくれたラウチェですよね。それがカミリヤ選手のことも勝利に導いてくれるなんて、皆さん本当に深い絆で結ばれているんだと思います」


「ありがとうございます。僕もアルグレーターのことは本当に家族のように大事です。これからはのんびりさせてあげたいと思っています」


「カミリヤ選手も、今度こそ本当の引退ということですが……まだまだ活躍ができそうなのに、なぜ引退を決意されたのでしょう」


 レイは笑みを浮かべ、答えた。


「それは僕がそうしたかったからです――」




 インタビューを終えて記者達が解散する中、控室に戻ろうとする自分を待っていたのはガイアとサータだ。二人とは今さっきまでレースで走ったばかりだから、二人はまだレーススーツ姿だ。


「レイ、すごかったな、完敗だ」


「ホント、レイさんとのレースは勝てる気がしませんでした」


 そうは言いつつも二人は笑っている。だから自分も笑って返すことができる。


「僕もまだまだイケるでしょ? ……でも最近、疲れは抜けにくくなったから、やっぱりこの辺が潮時なんだよね」


「レイさん、まぁたそんなこと言って。ガイアさんがまだ現役なんですからレイさんだってホントは全然イケるはずですよ」


 二人でガイアの方を向くと、ガイアは軽く首をかしげた。


「……まぁ、二十代に比べたら、な」


 その言葉にレイとサータは吹き出してしまった。


「あはは、ガイアさんのケアは俺がしますから大丈夫ですよ。レイさんはあいつのところに早く行かないと。ふてくされて次回のレースに“復帰”しなくなっちゃうかも。そうしたら俺が困りますからね、やっぱりレースにはあいつがいなくちゃ」


 レイはうなずき「じゃあ行くね」と二人の見送りに手を振って別れた。

 控室でレーサーのスーツを脱ぎ、急いで向かったのは王都にある大きな病院だ。顔見知りとなった看護師達と挨拶を交わし、レイはここ数ヶ月、毎日通っている彼の病室へと向かう。


 閉じられた病室のドアを開けると清々しい風が流れた。窓辺の白いカーテンが揺れる中、彼はベッドの上に座り、風を浴びてそこにいた。


「おーす、レイ、お疲れっ!」


 入院患者とは思えない笑顔で彼は迎えてくれた。


「クード、身体は?」


「ん〜まぁまぁだな! ちょっと薬も落ち着いてきたから、検査パスすれば退院できるかもってさ。も〜入院はやだ、早くレース復帰したい、退屈、暇っ!」


 レイはベッド横に置かれたイスに腰をかけ、わがままを言うクードに「ガイアもサータも待ってるからね」と告げる。それは本当のことだ、本当は自分もレース上で待ちたかったが、それは残念ながら一年だけの復帰期間には間に合わなかった。

 けれど自分がレースを楽しむよりも、クードのことを支えたいと思ったのだ。


「レイはさ、ホントに、もうよかったの? 引退、イヤだったんじゃない?」


「僕はとっくに数年前に見切りはつけていた。この一年は自由に遊ばせてもらっただけだよ。引退はしたけど、これから選ぶことも僕がやりたいことだから」


 クードは「そっか」と控えめに笑った。


「……じゃあ今度はオレが突っ走る番だよな。あんたを後ろに乗せて駆け抜けられるように身体をイチから鍛え直していかないとな」


「そうだよ、大丈夫。クードなら大丈夫」


 彼と出会ってから何度も、彼の言う「大丈夫」に自分は引っ張られていた。だから今度は自分が彼に言う、大丈夫、きっと大丈夫。今までだって「オレ、アルファだから」と自信満々に言っていたのだから。


「ねぇ、レイ」


「なに」


「検査したらさ、オレの血に、ベータの血が少し混じっているらしいんだ」


 レイは目を見開いた。ベータ……一般的なものだから特に驚くものではないのだけど。

 でもクードの中にある心臓は、もしかしたら“あの人”のものかもしれないから。


「だから、ちょっと、純粋にアルファかどうかは今は微妙かもしれないんだけどさ……」


 クードは言いにくそうに、ベッド上にある指をせわしなく動かしている。


「でも、レイと何度も、身体をつなげたけど、拒絶反応みたいなのとか、悪いものはなかったじゃん? むしろ落ち着くというか……」


 急に身体の話になり、ちょっとだけ恥ずかしいものがあるけれど、確かにそうだ。

 過去に番がいた自分はヒート症状を抑えられるのは番相手だけなはずなのに。クードとの身体の関係はヒート症状を和らげてくれた。それが不思議でありつつも、やっぱり……という考えが自分にはある。

 でもその真相はわからない。わからなくてもいいんだ。


「だから……ねぇ、レイ、お願いがあるんだけ」


 それはクードが“お願い事”をしてくる時のセリフだ。年下で甘え上手な彼らしい。


「オレの番に、なってほしい」


 そう言われ、レイの心臓は大きくはずんだ。

 クードは手を伸ばし、レイの手を握る。


「あ、でも前みたいに次のレースに勝ったら、とか、今は言えないんだよな……数ヶ月はまたリハビリあるし、そこまで持ってくのはオレが我慢できないし……」


 今度はレイの手を握りながら、クードの手は落ち着きなく、にぎにぎ動いている。


(って、何が我慢できないんだよ……恥ずかしいな……)


 クードは意を決したように顔を上げた。


「レイのこと、幸せにするから。ねぇ、だからお願い。オレとずっと一緒にいて、ください」


 今、思うと。

 今までの人生、なぜか“勝ったら”とか何かしらの条件みたいなものがずっとついていた気がする。フェルンの時もそうだ、勝ったら、負けたら……無条件というの、なかったような。

 自分から言ったこともなかったな、だって僕はあきらめていたから。


「クード……」


「ん、なに?」


 これからは僕も、あきらめずに望んでみてもいはいいかな……。


「クードが、もし僕のことを好き“だったら”僕と、一緒にいてほしいな……」


 クードの手の動きが止まる。触れている体温が一気に上がったように熱くなり、見ればクードの頬も赤くなっている。


「レイ……そんな条件出さなくてもオレは無条件でレイが好きだって。これからも一緒に走っていこう、ずっと一緒に」


 あきらめなかった望みが叶う……それはとても幸せだ。

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あきらめオメガは幸運をもたらさない…!? 神美 @move0622127

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