第27話 誰の家、オレんち

 マーチャード牧場からラウチェでのんびり行くこと、半日とちょっと。城壁に囲まれた大陸の中心地、王都にたどりつくことができた。

 ……本当ならお昼ぐらいには着く予定だったのだが。


「ごめんね~、レイさん」


「もういいです」


「いーや、まだ怒ってんな」


「じゃあ怒らせること言わないでください」


 朝、一度牧場を出発したのだが。クードが地方選を突破したという証である証明書を忘れたのだ。それがなければ、もちろん出走ができないのが厳しい社会というもの。忘れ物に気づいたのは牧場を出て一時間ぐらいラウチェを向かわせていた時点だったので牧場へ戻るのにまた一時間かかり、このありさまだ。


「城門が閉じられる前で良かったですが暗くなる一歩手前でしたね、やれやれです」


 ラックルズも無駄歩きが多くて疲れただろう。やはり相乗りはしてこなくて良かったと思う。出発前、クードは「せっかくだから一緒に乗ろうよ〜」とワガママを言っていたのだ。ラックルズの負担になると言って断り、自分は牧場の移動用ラウチェを借りて王都に着いた。


「それにしてもこんな時間だけど、いつもより人が多いや」


 クードはラックルズの手綱を引きながら城門をくぐり、見慣れているだろう街を見渡す。王都は田舎とは違い、電気が作られているので街中には点々と街灯が設置されており、通りの左右はレンガ造りの建物に囲まれ、奥まで歩くと商店街などもある。出入り口である城門付近には行き交う商人やラウチェの姿が多かった。


「なにせ王都戦ですからね。みんな今年のルーキーカップ制覇を楽しみにしているんですよ」


「へっへー、それってオレの活躍を待ってるってことだよな。頑張るぞ〜」


 調子の良いことを言っているクードに「はいはい」と言っておき、レイは自分が泊まるための宿を押さえるため、宿屋に向かった。

 しかし大誤算だった。カウンターで部屋を頼むなり、接客上手そうなおばさんが「ごめんね、今日はもういっぱいなんですよー」と言った。

 それは他の店でも同様だった。なんでも今年は久しぶりのルーキーカップ完全制覇チャンピオンが出るかもしれないということで王都へ滞在する客が多いらしい。


「……これはあなたのせいであるわけですね、どうしてくれるんですか」


 レイは眉間にしわを寄せ、クードをにらむ。


「あなたが忘れ物をして到着が遅れたこと、そしてあなたが活躍をしていることでみんなが期待していること。この二点から僕の泊まる場所はなくなってしまいました」


 クードの隣にいるラックルズが「そうだ」と同意してくれるようにクードの頭をくちばしで突っついた。


「いててっ! わ、悪かったって! でもそこについてはどうにでもなるからっ」


「……と言うと?」


 クードは「こっち来て」と、ラックルズを引きながらレンガ通りを抜けていく。時間的ににぎやかになりつつある酒場や飲食店の前を抜け、少し歩くとわりと閑静な住宅街に出た。

 クードは慣れた足取りで五階建てぐらいの高い建物の中へと向かう。そこは他の建物とは明らかに格が違い、宿屋ではなく“ホテル”のような感じでロビーにはしっかり“コンシェルジュ”と呼ばれるオシャレなスーツの男性がいた。


「レイさーん、オッケー。中入ろう」


「え、ラックルズはどうするんです」


 外で二頭の手綱を持って待っていると、やがて中からコンシェルジュが現れ「おまかせください」と言って手綱を持ってくれた。


「ラックルズ達は別の部屋で休ませてくれるから大丈夫。あ、後でお水やご飯はオレがちゃんとあげるからさ」


 最初の頃、クードにラウチェの世話はレーサーの仕事と言ってから、クードは毎日欠かさず世話をしてくれている。そこはいいのだが。


「クードさん……こんな高そうな場所、泊まっていいんですか。僕はもっと手頃な所でよかったのに」


 自分はこういうところに来たことはない。レーサー時代はそれなりに賞金を稼いでいたがトレーナーとなってからはそこまで贅沢できるものではないし、王都も訪れていなかったから。

 クードは「大丈夫だよ」と言いながらエレベーターに乗り、最上階に着く。フワフワの赤い絨毯が敷かれた上を歩き、ドアが並んだ静かな廊下を抜けるとやがて一室のドアの前にきた。


「久々に来たけど、掃除はしてくれているから大丈夫だよ」


 クードは鍵を開けると「どうぞ~」と中に招き入れてくれた。ドアが閉められると物音のなかった空間で、パチッと電気のスイッチを入れた音がした。


「わっ、ここは……」


 暖色のライトに照らされた室内は豪華な客室のような広い室内になっていた。カーテンのしまった大きな窓、横になれるぐらいのソファー、奥の部屋にはシーツも布団も綺麗に整った大きなベッド、床は相変わらずフカフカの絨毯で牧場で履いているブーツで踏んでいるのが申し訳ないぐらいだ。


「まぁ、無事に帰ってきたから良かったよね。レイさん、どこでもくつろいで」


 クードのその言い方に違和感を感じた。なんだその慣れた感は。


「クードさん、ここ、ホテル、ですか」


「ううん、オレの借りてるアパート。つまりオレの家」


「……はい?」


「お風呂とトイレはあるから大丈夫だよ。あ、でもベッド、一つしかない……広いから一緒に寝る? レイさんがよければ」


 ……よかないっ!

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