王都で感じるアルファの愛と番のぬくもり

第26話 眼鏡返せっ

「ねぇねぇレイさん、お願い〜! お願いだから〜」


 二十歳のたくましい男が子供のように両手を合わせ、後ろに付きまとっている。

 そんなことにはかまわず、柵の向こうにいるアルグレーターにご飯をあげた。


「ダメです。それに僕へのお願いは、この前済んだはずですよ」


 王都へ一緒に行こう、それが五戦目も大勝利を飾ったクードのお願いだ。


「それを言うならあれを取り消して、今のお願いを叶えますか? でも今のお願いは僕だけの力ではどうにもできませんね。この子に聞かないと」


 チラッとクードを見ると彼は唇を尖らせていた、子供か。


「やだやだやだー、レイさんと王都に行くのは絶対叶える。でもアルグレーターにも乗ってみたい。一度で良いから走らせてみたい」


 憧れのカミリヤのラウチェ。一度は乗ってみたいとクードはずっと言っている。


「アルグレーターは走れないです」


「えぇ〜」


 あきらめが悪い……ならばアルグレーターに決めさせてみようかと思い、アルグレーターの頭をなでる。


「アルグレーター、彼が乗ってみたいって。どうする?」


 返事は……低い「キュ」という短い声。それはもちろんノーだ。

 なんとなくラウチェの気持ちがわかるようになったのか、クードが残念そうに背後で唸っていた。


「はぁぁぁ、乗ってみたいなぁ……」


「あきらめてください」


「レイさんは乗れるんだよね」


「……えぇ、まぁ」


「だよね」


 何気なくクードの質問に返してしまったが。それに気づいたら瞬時に肝が冷えた。自分は以前『アルグレーターに乗れるのはカミリヤ選手とミラー選手だけ』と彼に言ったような気がする。それを「だよね」と返されてしまったが……。


(う……今のは、まずかったか……?)


 おずおずと後ろを振り返ると、クードは困ったように微笑を浮かべている。その意味がなんなのかまで、その様子からでは読み取れない。


(まさか、知って、いる? 僕のことを……だから、とても好意的だったりする? ……だってクードは“カミリヤ”が好きなんだから……いや、まさか、な)


「レイさん、どうしたの?」


 動揺を悟られないよう、さり気なくクードから視線を外し、アルグレーターの頭をなでながら「なんでもないです」と返した。胸の中がギクシャクと痛いが気にしないよう努めた。


「それより、クードさん、自信はあるんですか。残りあと四回戦を勝てば目標達成というわけですが」


「自信はあるよ」


 迷いない答え、さすがだ。


「サータさんとは話しました?」


「うん、少しはね。なんかレイさんに気を使わせているみたいでごめん。でも大丈夫、あいつとはずっと肩並べて戦ってきたからさ、お互いにゆずれないものがある時は会話しない感じになるんだ。でも今回はラウチェ以外のことでも勝負だからな、下手したら絶交になるのかな」


 穏やかでない言葉に、アルグレーターをなでる手を止める。ラウチェ以外のこととは……。


「レイさんは気にしないで。これはオレとサータの問題だ。仕方ないよ、勝ち取ることができるのは一人だけなんだから。ねぇ、レイさん、王都に行ったらさ、少し街めぐりしようよ。オレのオススメの店とか、もしレイさんが知っている店とかあれば行ってみたい」


「それはいいですけど、僕は王都には何年も行ってませんから。あなたに任せますからオススメな所あるなら連れていってください」


 そう返した後、後ろからの話し声が急に途絶えた。何かあったのかと思って振り返ると。

 クードは顔を隠すように手で口元を覆っていた。


「どうか、しました?」


「あ、いや、ごめん……なんか、すごい意外っつーか」


 何が、と思いながら首をかしげた。


「レイさんが、そんなにあっさり承諾してくれるなんて思わなかったからさ……なんかなぁ、嬉しいなって」


 クードが頬を赤くしているのを見たら、こちらも急激に頬が熱くなった。

 そうだ、今意識せずに答えたが『連れていって』なんて、めちゃめちゃ自分らしくなく、快く答えてしまった。それにクードは喜んでいるようだ。


(しまった、僕、つい……でもクードだって、なんてこと言ってるんだよ⁉)


 いつも、わざわざ意識してしまうようなことをクードは言う。からかうにしても度が過ぎているから、こちらの調子が狂わされて、しまいには自分も変なことを言ってしまうのだ。


(はぁ〜全くもう……どうしたらいいんだよ)


 いたたまれず、唇を噛みながら視線をそらした。恥ずかしい、すごく恥ずかしい。でもそう思っているのは自分も彼の言葉を嬉しいと感じているから、なのか……いやちょっと待て、彼はとても年下、ただの弟子みたいなもの。

 それなのになんでこんなに胸が――。


 気持ちが混乱していた時、自分の目をいつも覆っている分厚いレンズの眼鏡が取り外された。取ったのは目の前で笑みを浮かべている年下のお調子者。


「ちょ、何取ってんの!」


「えへ、レイさんが照れてるみたいだから。眼鏡の下見てみたくって」


「えへ、じゃない! か、返してくださいっ」


 手を伸ばし、クードの手から眼鏡を奪い返そうとしたが、いかんせん身長差がありすぎて手が届かない。クードもわざと手を頭の上に上げている。


「レイさん、王都でもこの眼鏡していくの?」


「しますよ、だから返してくださいっ」


「そのままの方が、かわいいんだけどな」


「なっ!」


 頭から火が出そうとはこういうことを言うのだろう。自分の頭はすっかり沸騰していた。そもそもそんなことを恥ずかしげもなく言うな、さっきまでそっちが照れていたくせにっ。


「か、返さないと王都は行かないですよ!」


 そう言うと「それはやだ」と言ってクードは眼鏡を返してくれた。それを乱暴にひったくってから、再びアルグレーターの方を向き、クードからはそっぽ向いた。


「あっ、でも、そうだよな」


「何がっ⁉」


「レイさん、王都でモテモテになっちゃっても困るもんな。やっぱり眼鏡は必要か」


 このままアルグレーターに乗って、全速力でこの場から去りたい気分だ。

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