第25話 新たな約束
五回戦目のレースも二階の観客席から見ることにした。地方選最後ということもあり、初戦の時よりも観客が増えている。これを終えればクード達は王都でのレース参加となるのだ。
(王都戦か、ガイアも来るんだろうな。王都で会おうなんて言われたけど、悪いけど僕は行くつもりはないよ……)
そんなことを思いながら、ネックウォーマーの上から首筋を押さえる。なぜか最近、首筋がヒリヒリと痛むのだ。ヒートの周期が来月だから? いや今までそんなことはなかった。
そう、それよりもヒートが来月なのだ。体調はまたガクンと悪くなり、ほぼ動けないだろう。そんな身体で王都についていくべきではない。クードだって一ヶ月の間にレースを四戦こなさなければならないのだ、そんな多忙な彼を邪魔してはならない。
行かないことを、クードになんと言われても説得しなくては。
「レイ、良い席を取ったね」
ふと声をかけられ、座ったまま横を見上げた。そこにはマーチャードさんがいた。
「君がここに座っているのは変な気分だね。以前はクード達のようにレース上に立っていたのに」
「何年も前のことですね」
マーチャードさんは隣の空いているベンチに座り、レース会場を見渡す。そういえばマーチャードさんも昔はラウチェレーサーだったとか。クードがレーサーになったのはカミリヤのこともあるだろうが、父親の影響もあるのだと思う。
「クードはずいぶん立派になったな、君の指導のおかげだ」
「いえ、彼が思ったよりも、やりました。さすがマーチャードさんの息子さんだと思います」
「ははは、そんな世辞はいいよ。正直言うとどうしようもない息子だった。でもラウチェレーサーになりたいのは本当だ。カミリヤ選手へ強い憧れを抱いているからね……そういえば、あの子にはまだ言っていないのかな」
パドックにいるクードに目を向ける。ラックルズに乗る姿も勇ましさを感じる。
「言ったところで意味はないですから」
「でもあの子は君をとても慕っているよ。私としてはそれはとても喜ばしいことなんだが」
マーチャードさんが言わんとしていることは、なんとなくわかる。でもそれが叶っていいはずはない。
「息子さんのことを大切にしているわりにはすごいこと言いますね」
「言っただろう? 私は君にも幸せになってもらいたいと。君が幸せを得られるなら、そして息子も幸せになれるなら、私はそれでもいいんだよ」
マーチャードさんの考えは……つまり、ずっとクードと一緒にいてはどうかと言うこと。オメガであり、すでに番を亡くしている自分にそんなことを言うのはどうかと思う。
「ありえないです、クードさんに申し訳ないですよ。そして、たとえクードさんがアルファでも。番を亡くしたオメガはもう何もできない」
「奇跡は起こるものじゃないかな、どんな時にもね」
五回戦目開始のファンファーレが鳴る。
マーチャードさんは席から立ち上がった。
「見ないんですか」
「勝負はもう決まっているようだからね」
「……クードさんの自信過剰はあなたから受け継がれている気がします」
「ふふ、私も昔はクードみたいなレーサーでね。周囲から呆れられていたこともあった。でもレースを楽しんでいたよ。レイ、クードのこと、よろしく頼むよ」
マーチャードさんが立ち去った直後、ゲートは開き、ラウチェ達が一斉スタートした。
トップはやはりクードだ。
『トップは相変わらずマーチャード選手っ! 今までの四回戦も全てトップをキープしたまま一位となっています! 王都戦出場は確実ですがここも綺麗に決めてほしいところ!』
興奮気味なアナウンスに、見ている者達はソワソワしている。今までの五回戦全部を一位獲得しているということは、その後の王都戦も勝ち進めばカミリヤの記録に並ぶからだ。
最初は無名だったクードもここまでの実力を見せ、周囲の者が驚くほどの輝きを見せているのだ。
『おっと、今までマーチャード選手の後ろについていたフレイア選手! 今回は調子が悪いのか後方となっています!』
(サータ……)
心配だが、今の彼に自分がしてあげられることはない。気持ちを切り替えることができればいいのだけど……ごめん、サータ、僕と会ってしまったばかりに。
(やはりクードのことも、勝ちを願うなら、僕は――)
ラストの一直線。ラックルズが単独トップ。観客から応援の声が上がっている。王都に行けばこの非じゃない、もっとたくさんの歓声に包まれ、彼は多くの人に注目される。
それを思うと自分なんかと一緒になるべきじゃない。自分はすでに終わった人間だから。
クードはラックルズを操り、メットの下に笑みを浮かべていた。楽しんでいる、レースを、とても。心臓がちょっと心配だ。
クードを見つめていた時、彼はラックルズの手綱を片手に握り、片手を上げた。
(あぁ、危ない、最後に何してんの! 調子に乗ったら――)
『レイさん!』
クードの口元が動いている。自分の名前を呼んでいる気がする、気のせいかもしれないけど。
『俺と王都に行くよ!』
「――!」
気のせいかも、気のせい……でもクードは一瞬こちらを向いていた。動く口元は素人の読唇でしかないがそう言っていた。
(もしかしてクードの“お願い”って、これか)
クードは自分が去ろうとしていたのをわかっている。せめて地方選だけはいよう、と思っていたのを察している。だからこそ、五戦目が終わったら『お願いを聞いて』と約束を結ばせたのだ。
『クードのこと、よろしく頼むよ』
次は王都戦。一ヶ月間、王都に行くことになる。クードと一緒に。
「ずるいよなぁ……マーチャードさんもクードも」
そうつぶやく自分の口角は上がっている。
しかし嬉しい反面、複雑な気持ちだった。
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