第2話 時間、なさすぎ!

 ラウチェとは。この世界に生息する空は飛べない二足歩行の大型鳥。体毛は白やベージュ色をしているが尾は七色の羽になっており、最高速度80キロで走る姿は虹が高速で流れていくようで、とても美しい。


 そんなラウチェに乗り、チャンピオンを目指してレースに挑むのがラウチェレーサーだ。若者に人気の職業で憧れる者は多く、国技として専門学校もある。レースはアマチュアからプロが参加するものまで色々な種類があるが、学校を卒業したばかりの者が挑むのはルーキーカップのチャンピオン……なかなか初っ端からハードルの高い登竜門だ。


 今、自分の横にいる若者、クードもその一人だ。放牧中のラウチェの育成記録を書いている自分の横で、彼は熱く夢を語っている。


「オレ、カミリヤ選手みたいになりたいんだ。ルーキーカップ全レースで一位という完全制覇で、チャンピオンになったカミリヤ選手! 小さい身体なのに颯爽とラウチェで駆ける姿は多くの人に夢を与えたんだってさ……めっちゃカッコイイ、憧れなんだよ〜」


 カミリヤ選手……クードも憧れているのか。

 確かにラウチェレーサーの中でもカミリヤ選手の成績は偉業だ。他の多くのレースでも活躍していたが、ルーキーカップは開催期間がとても限定され、四月から九月までの計九回しか開催されないレースだ。その限定大会で成績を収めなければチャンピオンにはなれない。イバラ……いや急坂全部にトゲが張り巡らされているくらい、厳しい道のりなのだ。


「そんでね、オレもカミリヤ選手のようにルーキーチャンピオン目指したいんだっ!」


 それを目指す者は多いが、クードの目標もやはりそれなわけだ。無謀でも高みを目指すのは良いことだとは思う。がむしゃらに駆け抜けていけるのが若者の特権だ……と、クードの熱意をちょっとだけ前向きに受け止めていると。


「んで、どうしたらいいの?」


 わけのわからない質問がポンッと飛んできたので、レイの声は「はい?」と上擦ってしまった。


「どうしたらって、なんですか?」


「だから、チャンピオンに、なるには」


「クードさん、養成学校、行きましたよね。どうすればいいか、教わりましたよね」


「行った……大体」


「大体?」


 レイは育成記録から目を外し、クードに目を向けた。なんだか嫌な予感がする。


「んーと……オレ、実は養成学校入ってしばらくは登校できてなくて。んでそっからも登校したりしなかったりで、やっとまともに通い出したのは、ここ二年ぐらいかな。その頃には周りの連中も実技ばかりだったから、オレも必死で実技はこなしたんだけど学科がなぁ〜」


 つまり学科は習わず、実技のみ。基礎知識等なし、ということ。チャンピオンになる方法すら知らない。

 ……マーチャードさん、次期オーナーがこんなことでいいんでしょうか。大方、学校も行かずに遊び呆けていたのだろうな。

 というよりも、そんな根性でチャンピオンを目指されること自体に腹が立ってきた。レースを制するのも、チャンピオンになるのも生半可なことではないのに。


(くっ、こんな人をレーサーとして育成するのか)


 後悔しても遅い。嫌々だが彼の育成を引き受けてしまったのだ、ちゃんと導いてやらなければ。


「……ルーキーカップは毎年四月から九月の合計九回戦、五回戦までは地方選、残り四回戦は王都で一ヶ月間でやります。全てポイント制、順位によってポイントが違います。つまり勝てばいいんです」


 こんな初歩的なことを説明するとは。育成記録に走らせていたペンが震えそうになったが相手はボンボンだ、我慢我慢。


「……なんかレイさん、怒ってるぅ。しかたないじゃん、オレだって色々あるんだから」


 何が色々なのやら。


「なぁ、レイさんはカミリヤ選手、直接会ったことある? 昔、王都にあるうちの会社のチームに所属していたんだよな。やっぱりカッコイイ? オレ、レースとかめっちゃ見てたよ。カッコ良くて素敵だった。でも五年前、忽然と姿を消しちゃったんだよなぁ、あれはホントガッカリだったよ」


「そんなにカミリヤ選手が好きだったんですか」


「好き、じゃ収まらないぐらい。マジ憧れだよ!」


 クードの満面の笑み、見ているこっちが少し驚いた。彼はカミリヤ選手を本当に好きだったのかもしれない。カミリヤ選手のことを語る彼は大きな憧れを抱く、真面目な好青年に見える。

 ……カミリヤのようになりたい、か。


「カミリヤ選手が乗っていたラウチェなら広場にいます、良ければ後で見てください。もう今年で十二歳なる子だからレースはしませんが、堂々とした立派なラウチェです……あ、ラウチェの出走は十歳ぐらいが限度なんです。高齢の子を無茶させると命に関わりますから」


 基礎知識がないクードにわかるよう、説明を加えておく。カミリヤ選手のラウチェがいると知ったクードは「やった!」と目を輝かせている。

 素直すぎて思わず苦笑いだ。知識は足りないけど悪い人ではなさそうだ。


「それじゃ先にあなたのラウチェのコンディションを見てみましょう。ラウチェ、どこにいます?」


「え、まだいないけど」


「は? なんで」


 衝撃が大きくて敬語が抜けた。

 クードは黒髪をかきながら「だって〜」と言葉を続ける。


「先にオレと荷物運んだ方が、オレが落ち着くと思って」


「環境が変わるのですからできる限り、早く来させて環境に慣れさせた方がいいんですよ。というか、なんであなた、ラウチェと一緒に来なかったんです? 普通ラウチェの世話もあるからレースで乗るラウチェとは常に同行が基本ですよ」


 そう言った後で、レイは「あ」と気づく。彼に普通とか基本はなかったのだ。

 ……それにしてもなさすぎじゃないっ⁉


「あー、世話は基本使用人に頼んでたから。オレは乗るだけ」


「は……?」


「んで、明日には来ると思う」


「は……?」


 呆気にとられ過ぎて同じ言葉が二回出ている。いやいや、ちょっと待て、ちょっと待て……あー……そうか、そうだ。

 頭の中がパニックと納得にあふれている。


「クードさん、レースの日程……もちろん、知らないんですよね」


「ん、知らない」


「レース、明日の午後なんですけど」


「明日、午後……」


 お互いに目を合わせ、沈黙してしまった。

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