第20話 プロとの衝突
「いててっ、サータ、下ろすぞっ!」
同じぐらいの体格をしたサータを片手で抱えるのは相当な負荷だっただろう。クードは歯を食いしばりながら、サータを地面に下ろした。
「な、なんでクードが、ここにっ」
サータはすぐに立ち上がろうとしたが、落ちかけた衝撃のせいか、ふらついて地面に座り込む。
「大丈夫ですか、サータさん!」
サータに近づき、肩を支える。自分は肝を冷やしたが、ラウチェに乗って風を浴びたサータの衣服はひんやりとしていた。合わせて顔色が悪い気がするのは落下の恐怖からか。確かに運が悪ければ死んでいたから。
サータは地面に膝をつきながらラックルズに騎乗したクードを見上げている。
「レイさん……はい、大丈夫です」
「無茶なことをするから……でもよかった」
クードのおかげでサータは地面との衝突は避けられた。本当によかった。
それにしてもなぜクードは戻ってきたのだろう、王都に向かってまだ日にちは経っていない、治療にも一週間くらいはかかると言っていたのに。
クードはラックルズから降り、ガイアに向き直った。ほんの少しガイアの方が背が高いが、体格の良さは引けを取らない。
「王都に向かっていたんだけど、ラックルズが急に不穏になっちゃって。もしかして牧場でなんかあったのかなぁと思って途中で戻ってきちゃったわけ、おかげで寝不足だぜ――んで、あんたは誰?」
クードのふんわりとやわらかな黒髪の下にある金色の瞳が鋭く、ガイアを見据える。
「クード、その――」
ガイアのことと今起きていた状況を簡単に説明した。
「ふーん、なるほどね。まぁ、あんたはレイさんを連れ帰りたいってわけだな?」
「強制はしていない。ただレイはレーサーだった時が一番輝いていた。こいつは表舞台に立つべきだ」
「それはあんたがそうしたいだけだろ」
クードは身体を移動し、そのたくましい身体で自分とガイアとの間に隔たりを作る。自分の目の前にあるのは彼の大きな背中だ。守ってくれるような彼の行動に、胸の中があたたかくも痛くもなった。
「わかる気はするよ、好きなヤツと一緒にいたいって気持ちも。好きなヤツを楽しませて輝かせてやりたいって気持ちもな。でももっと良い方法を考えてやれよ。レイさんが安心して前に進めるようにさ」
ガイアは無表情でクードを見ている。クードの言葉に納得をしているのか、そうでないのか。元より感情表現の少ないガイアの表情は読みづらい。
でも昔の友人――フェルンはそんな感情表現の少なさなど気にしないで、ガイアに積極的に関わり、温和なくせにズケズケと言いづらいことも言っていた。それにガイアは怒ることはなく、いつも『そうか』と静かに同意していた。
ガイアも悪いやつではない、いつも他者のことを思いやり。そして自分のことを考えてくれていることはわかる。
「っつーわけで、レイさんは渡せない! 渡してほしけりゃ、今度はオレと勝負だ、ガイアさん!」
そう、今のクードのように。クードの行動はいつも予想外ではあるけれど。
「クードさんっ⁉」
驚く間もなく、クードの行動は早かった。ラックルズにまたがり、あっという間にトラックのスタートラインに向かっている。妙な挑戦を挑まれたガイアは断るかと思いきや、無言でそれに従っていた。
(ちょっと待って。なんでクードまで! 何を考えているんだよっ!)
止める間もなく、二頭はスタートラインについている。
「ガイアさん、オレが勝ったら今日はおとなしく帰ってくれ。レイさんのことはあらためて、ちゃんと考えて、また結論を出すべきだと思うけど? 大人ならもっとスマートにやんなきゃな!」
「……いいだろう、俺もことを急ぎすぎたからな……」
「そんだけ、レイさんが好きってことなんだな」
二人の会話は自分から距離がありすぎて、よくは聞こえなかった。会話の後、二人がラックルズの鳴き声を合図にスタートするのが見えた。
ゴール付近のこの場にいたら危険なのでサータを移動させ、ことの成り行きを見守る。
気のせいだろうか。クードと会話していたガイアが。クードを後ろから追いかけてラウチェを走らせるガイアが。
少し楽しそうに見えたのは――。
「いけ、いけぇ、ラックルズ!」
クードが叫ぶ。手綱を握り、口元はニヤけてはいるがメットをかぶっていないことで見える目つきは全開に開かれ、必死そのもの。クードが本気でレースに挑んでいるのがわかる。
それもそうだ、相手は格上のプロレーサー。アマチュア相手とはいえ、ガイアも手加減はしていないはずだ。
けれど先行していたラックルズがそのまま逃げ切り、頭を下げた状態でゴールラインに直進していく。
そういえばラックルズは王都への帰路途中に不穏になったらしいが、本当に何かを察してクードを牧場に引き換えさせてくれたのだろうか、真実はわからない。
けれど彼のおかげで事態は変わった。
(クード……すごい、すごいよ。ガイア相手にこんなにも鮮やかなゴールを決めるなんて)
ラックルズは見事、先にゴールした。その後にガイアのラウチェがゴールラインを通り過ぎ、ゆっくりとスピードを落としていく。
クードはラックルズを休めるように移動させてから、再びガイアの元に来ると「悪いな」と苦笑いした。
「この勝負、あんたに分が悪いことはわかっていた。だってあんたのラウチェ、さっきも本気で走っていたもんな。大丈夫?」
クードはガイアのラウチェを心配していた。プロレーサーのラウチェともなるとスタミナもそこそこあるものだが、二連戦はやはり消耗する。鞍上のガイアが上下している様子を見れば彼のラウチェが息切れして疲弊しているのがわかる。
(……クード、そこまでわかるようになったんだ。最初はラウチェの世話すらしなかったのに)
ガイアはラウチェから降り、頑張ったラウチェをねぎらうように頭をなでた。
「問題ない……今回は約束通り、引く。王都でお前達のレースを楽しみにしている」
ガイアの指す“お前達”とはクードとサータのことだ。
「レイ……お前も来るんだろう。お前の育てたこの二人の勇姿、見届けなくてはならないからな」
「……そうだね」
「……その時に、また話がしたい」
その言葉に返事はしなかった。何度言われても同じことだ。自分はもう誰も選ばない、自分を輝かせることはしない。何も望まない。
ガイアはラウチェの手綱を引きながら去っていく。親友のその姿を見送り、気持ちを落ち着かせようと深呼吸してから。ラックルズの上にいるクードを見上げた。
「クードさんも、ずいぶん無鉄砲なことを……クード、さん?」
クードは下をうつむいていた。やがてその力のない身体がゆっくりと傾き、ラックルズから崩れ落ちる。
「クードさんっ⁉」
「クード!」
サータと共には倒れたクードに駆け寄る。
さっきまでの威勢の良さは一転、クードの顔面は蒼白だった。
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