第20話 プロとの衝突
「いててっ、サータ、下ろすぞっ!」
同じぐらいの体格をしたサータを抱えているのは相当な負担だっただろう。クードは歯を食いしばりながら、サータを地面に下ろした。
「な、なんでクード、ここにっ」
事態に驚きながらサータはすぐに立ち上がろうとした。だが落ちかけたことで身体が衝撃を受けたのか、ふらついて地面に膝をつく。
レイはサータに駆け寄った。
「大丈夫ですか、サータさん」
「レイさん……はい、大丈夫です」
「無茶なことをするから……でもよかった」
クードのおかげでサータは地面との衝突は避けられた。それにしてもなぜクードは戻ってきたのだろう。そう思って彼に視線を向けると、クードはラックルズから降り、ガイアに向き直った。
「王都に向かっていたんだけど、ラックルズが急に不穏になっちゃって。もしかして牧場でなんかあったのかなぁと思って戻ってきちゃったわけ――んで、あんたは誰?」
クードのふんわりとやわらかな黒髪の下にある金色の瞳が鋭く、ガイアを見据える。
レイはガイアのことを、今起きていた状況を簡単に説明した。
「ふーん、なるほどね。まぁ、あんたはレイさんを連れ帰りたいってわけだな?」
「強制はしていない。ただレイはレーサーだった時が一番輝いていた。こいつは表舞台に立つべきだ」
「それはあんたがそうしたいだけだろ」
クードはレイの前に身体を移動し、そのたくましい身体でガイアとの隔たりを作る。自分を守るような彼の行動に、自然と胸をしめつけられる。
「わかる気はするよ、好きなヤツと一緒にいたいって気持ちも。好きなヤツを楽しませて輝かせてやりたいって気持ちもな。でももっと良い方法を考えてやれよ。レイさんが安心して前に進めるようにさ」
ガイアは無表情でクードを見ている。彼の言葉に納得をしているのか、そうでないのか。元より感情表現の少ないガイアの表情は読みづらい。
でも昔の友人――フェルンはそんな感情表現の少なさなど気にしないで、ガイアに積極的に関わり、温和なくせにズケズケと言いづらいことも言っていたことを思い出す。
「っつーわけで、今度はオレと勝負だ、ガイアさん!」
そう、今のクードのように。
「クードさんっ⁉」
クードの行動は早かった。ラックルズにまたがるとあっという間にトラックのスタートラインに向かい、ガイアも無言でそれに従っていた。
(ちょっと待って。なんでクードまで、一体何を考えているんだよっ!)
止める間もなく、二頭はスタートラインにつき、目配せをする。
「ガイアさん、オレが勝ったら今日はおとなしく帰ってくれ。レイさんのことはあらためて、ちゃんと考えて、また結論を出すべきだと思うけど? 大人ならもっとスマートにやんなきゃな!」
「……いいだろう、俺もことを急ぎすぎたからな……」
「そんだけ、レイさんが好きってことなんだな」
二人の会話は自分から距離がありすぎて、よくは聞こえなかった。会話の後、二人がラックルズの鳴き声を合図にスタートするのが見えた。
ゴール付近のこの場にいたら危険なのでサータを移動させ、レイはことの成り行きを見守る。
気のせいだろうか。クードと会話をしていたガイアが、クードを後ろから追いかけてラウチェを走らせるガイアの姿が、少し楽しそうに見えたのは――。
「いけ、いけぇ、ラックルズ!」
クードが叫ぶ。手綱を握り、口元はニヤけてはいるがメットをかぶっていないことで見える目つきは全開に開かれ、必死そのもの。クードが本気でレースに挑んでいるのがわかる。
それもそうだ、相手は格上のプロのレーサー。アマチュア相手とはいえ、ガイアも手加減はしていない。
けれど先行をしていたラックルズがそのまま先行で逃げ切り、頭を下げた状態でゴールラインに直進していく。
そういえばラックルズは先程、不穏になったらしい。本当に何かを察してクードを牧場に引き換えさせてくれたのかどうかはわからないが。
(クード……!)
すごい、すごいよ、クード。
こんなにも鮮やかなゴールを決めるなんて。
必死に駆け抜ける姿、興奮マックスで振り落とされる恐怖も感じず、ラウチェを走らせるその姿はラウチェレースに魅了された者が味わえる特権だ。
ラックルズは見事、先にゴールをした。その後にガイアのラウチェがゴールラインを通り過ぎ、ゆっくりとスピードを落としていく。
クードはラックルズをゆっくり移動し、ガイアの元に行くと「悪いな」と苦笑いした。
「この勝負、あんたに分が悪いことはわかっていた。だってあんたのラウチェ、さっきも本気で走っていたもんな。大丈夫?」
クードはガイアのラウチェを心配していた。プロレーサーのラウチェともなるとスタミナもそこそこあるものだが、二連戦はやはり消耗する。鞍上のガイアが上下している様子を見れば彼のラウチェが息切れして疲弊しているのがわかる。
(……クード、そこまでわかるようになったんだ。最初はラウチェの世話すらしなかったのに)
ガイアはラウチェから降り、頑張ったラウチェをねぎらうように頭をなでた。
「今回は約束通り、引く。王都でお前達のレースを楽しみにしている」
ガイアの指す“お前達”とはクードとサータのことだ。
「レイ……お前も来るんだろう。この二人の勇姿、見届けなくてはならないからな」
「……そうだね」
「……その時に、また話がしたい」
その言葉に返事はしなかった。何度言われても同じことだ。自分はもう誰も選ばない、自分を輝かせることはしない。何も望まない。
ガイアはラウチェの手綱を引きながら去っていく。その姿を見送り、レイは気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしてからラックルズの上にいるクードを見上げた。
「クードさんも、ずいぶん無鉄砲なことを……クード、さん?」
クードは下をうつむいていた。やがてその力のない身体がゆっくりと傾き、ラックルズから崩れ落ちる。
「クードさんっ⁉」
「クード!」
レイとサータは倒れたクードに駆け寄る。
クードの顔面は蒼白だった。
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