第19話 彷彿

 数年ぶりに会うガイアが少しやつれたように見えるのはずっと自分を探していたせいだろうか、それとも忙しかったのだろうか。ラウチェレースでは色々なカップで活躍していると噂では聞いていた。


「レイ、俺はあの時のことも謝りたかったんだ」


「……あの時って?」


「フェルンと勝負をした時のこと……俺はあの時、手を抜いていた」


 ガイアは苦いことを思い返すように、眉間にしわを寄せる。


「本気で挑まなければいけないとはわかっていた。だが俺はお前をそばに置くのが怖かった。お前が好きで、お前を助けたいとは思っていたが……俺は臆病になってしまった、フェルンにもすまないこをしたとずっと思っていた」


 確かに、あの時のレースでガイアは終始沈黙していた。今思えばあれはオメガの不運を恐れたガイアが戸惑っていたのだとわかる。

 だけどその気持ちは理解できる。


「別に大丈夫だよ、あの時のことは……」


「お前がフェルンと幸せになっていたから、それはよかったと思っている……でも俺はずっとあのレースで本気を出さなかったこと、お前の番になれなかったこと……自分が悪いとはわかっているが、ずっと後悔していた。だから今こうして、お前を探していたんだ」


 ガイアの肩をつかむ手に力が入り、彼の腕の中に引き寄せられる。自分の小さい身体なんか軽々と閉じ込められてしまう。


「ガ、ガイア、やめてよ。僕はもう何も望まないようにしている。ただ静かに、何事もなく生きていたいんだ」


 ガイアの腕から逃れようとするも彼は離さない。やめて、本当に、苦しくなるから。


「ちょっと、レイさんを離してください」


 鋭く刺すような声を発したのはサータだ。サータは怒っているのか、青い瞳が氷のように張り詰めている。


「レイさん、嫌がっています。それにお話を聞いて察しましたけど、あなたは一度は身を引いたのですよね。本当に今更じゃないですか」


 サータはガイアに怯むことなく、にらんでいる。ガイアがサータを見ている隙にレイは彼の腕から逃れた。


「サ、サータ、やめてください。彼は……マイン選手です。あなたの先輩レーサーですよ」


「マイン選手……カミリヤ選手と同期の。確かに大先輩で実力のあるレーサーなのは存じてます。でもこれはこれです。今のレイさんにはあなたは必要ないと思います」


「サータ!」


 普段温和なサータがここまで敵意を見せるなんて。頼もしいが相手はやはり先輩だ、あまり失礼なことを言わせてはいけない。


「レイさん、さっきも言いましたけど、僕の気持ちは本当です。僕はあなたが好きです、あなたをオメガと知っても僕はあなたが好きです。あなたが年上でもまだあなたの本当の姿を見ていなくても好きなんです。ガイアさん、ラウチェレーサーならレーサーらしく勝負しましょう。あなたが勝たなければレイさんを連れて行く資格はありません」


「サータ、ダメです! ガイアにはまだ――」


「実力があるから、それだけならレースには関係ありません。レースは時の運もありますから」


 サータはすぐに行動に移り、自身のラウチェを連れてくると練習用のトラックに向かった。ガイアも無言で、それにならう。

 トラックのスタートラインに並ぶガイアとサータ。二人を見ていると十年前にもあった光景を思い出してしまい、心苦しくなる。


(なんで、なんで、何度もこんなことに……)


「サータ、やめるんだ……ダメだっ……!」


 止めなきゃ、しかし走ったが間に合わない。

 二頭のラウチェがあの時と同じように再び駆け出す。先に出ていたのはサータのラウチェ。後を追うのはガイアだ。ガイアのラウチェはレース慣れしていることもあり、脚運びが力強い。一歩一歩を踏むごとに地を揺らす振動が伝わってくる。


 サータ、あなたはこんなところで、こんなことに首を突っ込んでいる場合じゃない。あなたはまだまだこれからたくさん、走り抜けるべきなんです。だからこんなムダなことをしないで。こんな僕のために……。


 最後の一直線が迫る、最終カーブ。先行していたサータのラウチェだったが、カーブを曲がり切るところで起きてほしくないことが起きてしまった。

 いつもならなんでもないカーブのはずなのに、サータは鞍上で体重のかけ方を間違えたのか、バランスを崩した。


 サータが、ラウチェからずり落ちる。手綱をつかまえていたはずの手が、何もつかむ物のない空中に投げ出されている。


「サータ!」


 これじゃあ、あの時と同じだ。

 フェルンが投げ出された時と同じ――。


「サータァっ!」


 その時、荒々しいラウチェの足音が響いた。全速力で走るラウチェの足音。それが迫り、落ちかけていたサータの元へ近づく。

 スローモーションのような光景がハッキリと見える。突如近づいたラウチェの鞍上の人物が、片腕だけで短くした手綱を握り、反対の手で落ちかけていたサータの腹を片腕で支えたのだ。

 自身の体重とサータの体重を片腕のみで支える行動、それは鞍上の人物にとてつもない負荷を与えただろう。


 だが鞍上の人物は自分も落ちまい、サータも落とすまいと必死な形相で踏ん張り、ラウチェが自然に止まるのを信じて、止まるまで耐えた。

 ガイアはゴール直前で手綱を引き、止まっていた。何が起きたのか、乗り手を失って走り抜けるサータのラウチェと、突然現れたラウチェとその乗り手と、乗り手の腕に抱えられたサータを見て驚いている。


「クード……」


 突然現れたラウチェはラックルズだった。

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