第43話 振り回される、どこまでも

『これは奇跡に近い展開ではないでしょうか! かつてカミリヤ選手が乗っていたアルグレーターに乗り、最後方からのスタートとなっていたマーチャード選手がものすごい追随! 先頭に並んだぁ!』


 実況の力も入っている。観客達もこれまでにない歓声を上げている。


『ラスト、トップのフレイア選手に並びましたぁ! フレイア選手もこれまでのレースをほぼ二位という凄腕の選手です! それがマーチャード選手と並び、ラストスパート! はたしてどちらが突き抜けるんでしょうかぁ!』


 サータもすごかった。いつもクードに一歩及ばないということでめげていることもあったが、彼はこの数か月でそれにもめげない心の強さを育むことができた。


 クードは最初はダメダメだった。ラウチェの世話もせず、ただ乗っているだけのレーサー。自分のことを『瓶底眼鏡』と呼んでいて印象は最悪だったのに。今では最高のレーサーになってしまった。アルファだから? 違う、あきらめないからだ。彼はとにかくあきらめが悪いのだ。


 横並びに走るクードとサータ。それは昔の自分とフェルンを見ているみたいだ。自分達もレースを楽しんでいた。一時期、あきらめかけた時にはフェルンが助けてくれて、自分は再びレースを楽しんだ。


 そんな自分は、今度はクードに助けられている……自分はかつてカミリヤとしてクードを助けたらしいけれど。

 今の自分には何ができるんだろう。

 ゴールラインが迫る。二頭が並んで走る光景はスローモーションのように見える。一歩一歩動かす脚、土をかく爪、クードとサータの笑顔が並ぶ。


『ゴォォォォル! 先にゴールラインを切ったのは――』


 見た目にはほぼ同時だった。けれどゴール付近で見ていた数名の審判がそれを見逃してはいないはずだ。審判は合図を出し、実況にそれを伝えた。


『ゴールしたのはマーチャード選手です! ルーキーカップ完全制覇! カミリヤ選手の前人未到の記録に並びましたぁぁぁ!』


 会場内の観客が一斉に声を上げる。それは空やトラック、壁も空気も響き渡って揺れるぐらいのもの。

 クードは笑顔で手を上げ、アルグレーターのスピードをゆるめた。隣を走っていたサータもラウチェのスピードを落とし、クードと鞍上でハイタッチを交わした。


 レイは思わず立ち上がっていたが、そのまま深く息をつく。口から出たのは「よかった」という安堵の言葉。とにかくそれしかない。

 その次に出たのは「おめでとう」だった。


「すごいよ、クード……僕の記録、並んだね」


 むしろ超えたといっても過言ではない。だってあのアルグレーターで勝ったんだ。堅物だったアルグレーターに信頼されたんだ。


 観客の歓声に包まれながらクードはアルグレーターから降り、関係者に案内された表彰台へ向かうと、早速クードは記者や報道のスタッフに取り囲まれ、記者にマイクを向けられた。


「マーチャード選手! 今回のルーキーカップ完全制覇おめでとうございます!」


 クードは「ありがとうございます」と笑顔で答えている。ちょっと気になるのが、彼はすでにメットを脱いだ姿ということだ。レーサーは常にメットをかぶって取材にも応じるから姿をさらすことはないのに。


「今回の勝因などはあるのでしょうか?」


「はい、あります。俺――いえ、今回のルーキーカップ完全制覇を成し遂げたのは僕のことを全面的に指導してくれたコーチのおかげなんです」


 クードが急に言葉をあらためて話し出した。一応そんなこともできるのだと驚きつつも彼の言葉に耳を傾ける。


「その人は僕の命の恩人でもあります。幼少時代の僕は身体が弱く、満足に動くこともできませんでした。けれどその人のおかげで僕はこうしてラウチェの世界に飛び込むことができ、そして夢のレースを制覇することができました。その方はオメガで、オメガ特有の悩みに長年苦しんできた方です」


 レイは目を見開き、この特別観覧席から数メートル先に立つクードを見た。何を言うつもりなの、と自分の心が不安に駆られる。


「そして僕は、その方を、心から愛しています」


 クードの言葉に会場が湧いた。記者達も「これはすごい展開だ」とメモを片手にガヤガヤしている。


「マーチャード選手、ちなみにその方はこの会場に?」


「もちろん、います。でもその方はとても繊細な方で、すぐにどこかにいなくなってしまう。オメガの不運体質から僕を守ろうとしてくれる、優しい方なんです。でも僕はその方と一緒にいても、色々あったけど、こうして負けずに優勝を勝ち取ることができました。オメガの不運なんて僕には関係ないんです。だからこの場を借りて言わせてください」


 会場が同意するように、また湧いている。

 自分の心は戸惑っているが、もうクードを止めることはできない。


「レイさん――レイ・カミリヤさん! 僕はあなたを愛しています! だからもう自分を隠さないで、僕の隣にいてください!」


 会場が湧くと同時に「カミリヤ?」とザワつく。

 カミリヤって、あのカミリヤのこと。あの選手がこの場にいるの、どこに。あちこちからそんな声がする。


(本当に……困った人だな……)


 目立ちたがりやでお調子者。そして自分の逃げ場をこんな形で塞ぐなんて……もうどうしようもないじゃないか、責任取ってくれるのかな……。


 レイはいつもの眼鏡を外し、深く息をつき、気持ちを固めてクードの元へ歩み寄る。近づく自分を見て周囲の記者や観客が「あの人が」と再びザワつき、記者達はクードの元へ近寄れるように道を開ける。


「レイさん」


 クードは満足そうに笑う。自分は複雑な気持ちで、苦笑いしかない。


「最悪です」


 全てを話してしまうなんて。


「……怒ってる?」


 笑いながら、そう言うのも反則だ。


「怒ってなんかいません……」


 むしろ感謝すべきかも。僕を前に出してくれて。僕も明るい場所に引っ張り出してくれて。

 僕はいつでもあなたに振り回されている。


「でも、ありがとうございます」


「レイさん」


「よろしくお願いします」


 レイがクードの手を握ると記者も会場もまたまた湧いた。それは祝福に満ちていて。だいぶ恥ずかしかったけど、幸せを感じられた。

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