第23話 オメガに興味

「久しぶりに、あんなに笑えました。ラックルズ、ありがとう」


 たくさん走ってくれたラックルズは今は草の上で休憩中だ。まだ若いから体力はあるがレースも近いのに無理させてしまった。そう思ってラックルズの頭をなでると。ラックルズは全然そんなこと気にするなと言わんばかりに、頭をグリグリ手の平に押しつけてきた。


「クードさんも、ありがとうございました」


 二人で草の上に座りながらレイは言った。こんなふうに彼に礼を述べるなんて初めてかもしれない。クードはまだ興奮が冷めないのかテンションが高かった。


「あー楽しかったなー、ラウチェって相乗りできんじゃん」


「でもラックルズに負担大きいんですからあまり無茶させないでくださいね」


「レイさんはホント、ラウチェのことばっかり心配すんだねぇ」


 心底好きですからね……もう去る身だから、その言葉は口にしなかったけど。


「ねぇ、レイさん――」


 隣に座るクードが何かを言いたげに、あぐらをかいた足の左右を組み直した。


「オレが言ってもダメなんだろうけど……オメガとか、そんなのって関係ないよ。レイさんがやりたいってこと、やればいいと思うし、レイさんが隠れる必要なんてないんじゃないかな」


 クードの言葉が少したどたどしく感じる。こちらに気を使って言ってくれているのがわかるけど、そうもいかないのだ。


「クードさんがそう言ってくれるのは嬉しいですが、オメガがそばにいるのは良いことないんですよ」


「オメガの不運ってやつ?」


「そうです。こればかりは僕も周りにいる人が不幸になっているのを見てますから無視するわけにもいかないんです。クードさんは勝ちたいんでしょう」


「あぁ、勝ちたいよ」


「僕も、あなたを勝たせたいんです」


 自分でそう言った後で、思わず口を押さえていた。今告げたのは真実だが口にするつもりはなかったのに。恐る恐るクードの方を見ると彼は、キョトンとした顔をしていた。


「……レイさんがそんなふうに言ってくれるなんて思わなかったな」


 照れているようにクードがはにかむ。その表情を見ていたら失言だったと思ったが口にしてしまったのだから仕方ない。とりあえずそっぽを向いておいた。

 ……なんでこんなに、彼を心配してるんだ。


「オレって、実はめちゃめちゃレイさんに大事にされてる?」


「ちょ、調子に乗らないでくださいっ。あなたはマーチャードさんの息子さんだから、僕も労務契約上はあなたにできる限りのことをしないとなんです。それだけのことです」


 それも言った後でしまったと思った。辞めます、ってさっき言ってしまったばかりなのに。どの面でこんな偉そうなことを……。


「あはは、レイさんが照れてる〜こっち向いてよ〜」


「……うるさいです。年上のおじさん照れさせて何が楽しいんですか」


「おじさんって、オレはそんなふうに思ってないよ。さっきも言ったじゃん。レイさんは綺麗だってさ」


 レイは熱い頬をなんとかしたくて深く息をつく。そんな恥ずかしくなることを何も考えずに言っているのだろうか……彼ならやりそうだけど。


「それは……多分、オメガの特性でしょうね」


 見境なく周囲の者を引き込み、本能的に子をなすための、むなしい本能。それは見た目にも表れているだけ。


「そっか、オメガの人は綺麗なんだっけ。でもオレはオメガだって気づく前からレイさんのこと、ひでぇ眼鏡の下は絶対に綺麗だなって思っていたけどな」


 その言い方は狙ってやっているのか、天然なのか……多分後者なんだとは思う。


「ねぇ、レイさん、ちょっと興味本位、嫌なら答えなくてもいいけど……オメガの人って、うなじが特殊なんでしょ? だからレイさんもずっとネックウォーマーしてんの」


「それは……」


「嫌なら、いいよ」


 そう言ってくれるところが優しい。そう言われるといいかな、なんて思ってしまうじゃないか。


「見た目には特殊なことなんてないですよ……ただ僕は一度、番を作って、そしてその番を失ってしまいました。ただどうしてもうなじには噛み跡が残ってしまうし、それを見られるとオメガだとわかってしまいますから」


「そっか、大変なんだね……ねぇ、見ちゃダメ?」


 レイは唇を噛みしめる。別に見られても減るわけじゃないが。見ちゃダメと問われると見せてはいけないものを見せるような緊張が走る。


「別に、いいですけど。見ても、なんもないですよ……」


 レイは途切れ途切れにそう口にする。ちょっとやっぱり恥ずかしいかも。

 クードは「失礼します」と一応律儀なことを言ってネックウォーマーを指で引っ張った。首筋がヒヤッとした。普段はずっと首を隠しているから。

 クードが首筋に顔を寄せる。慣れない部分に人の息づかいを感じて身体が強張ってしまう。


「あ、ホントだ」


 噛み跡がある、と言いたいのだろう。

 クードはジッとそれを見ていたかと思ったら、急に、もっと首筋に顔を近づけ――鼻を鳴らした。


「わぁ、ちょっと⁉ 何してるんですかっ!」


 慌てて身体を離すと、クードは「ごめん」と申し訳なさそうに笑っていた。


「匂い、すんのかなって。オメガって、甘い匂いするんでしょ」


 また答えにくいことをっ。でもそれはヒートの時だけとは、さすがに言えず「僕はしないんですっ」とだけ言ってごまかした。

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